• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

時間を味方につける

2016.12.19

便利な短縮、危険な短縮

三橋 健

エレガントな〈手抜き〉

効率 方法論 教養

エレガントな〈手抜き〉
“早く結果を出したい”と功を焦るのは、人間らしい感情の一つという神道学者の三橋健氏。太古の昔から誰もが一度は考えたであろう「学問に近道はあるのか?」という問いは、学者の世界のみならず、会社経営にも通じる点が多くありそうです。

「短縮」という言葉には、良い意味も悪い意味もありますが、どちらかといえば、私の中ではあまり良いイメージがありません。

大学院に入った時、指導教授から「学問に近道なし」というお言葉をいただきました。毎日毎日、地道にコツコツと勉強すること、そのようななかで学問は身につくのであるという意味です。つまり学問を手っ取り早くやる方法はないというのです。

ギリシャの数学者ユークリッドが、エジプトのトレミーという王様に幾何学を教えていた時、王様がユークリッドに、「もっと簡単に勉強する方法はないのか?」とたずねました。するとユークリッドは、「学問に王道なし」と答えたというのです。

これは物の本で読んだ逸話ですが、「学問に近道なし」と同じ意味です。ただ、「王道」の「王」には「たとえ王様でも」というほどの意味が含まれているようにも思います。学問は王様であれ、一般市民であれ、平等に与えられたもので、たとえ王様のような最高の地位にある人でも、短縮する方法はないということなのでしょう。

私も若い学徒らを指導することになり、先師からいただいた「学問に近道なし」というお言葉を受け売りしていますが、なかなかわかってもらえないこともあります。若い学徒らは、早く業績をあげたいということで、調査・研究を短縮して結論を急ぐ傾向があります。しかし、安易に得た結論は、時には学者人生をダメにすることにもなり兼ねないのです。だから、いささか遠回りになるかもしれませんが、一つひとつ地道に積み上げていくことが大切となります。

そうは言うものの、私の場合を披瀝(ひれき)しますと、ついつい近道を選んでしまいます。たとえば、原稿の締め切りが迫ってくると、いろんな時間を短縮し、時には省略して、問題とにらめっこをいたしますが、そのようにしてみても、実際はスムーズに筆が進まないものです。そのような時、「急がば回れ」と自分に言い聞かせて、散歩に出たり、友達を呼び出して喫茶店でつまらないおしゃべりをしたり、飲みに行ったりいたします。これは遠回りのようですが効果的です。要するに、急ぐ時こそ、遠回りをして着実な道を行くことが大切なのです。

このことは学者の世界だけでなく、誰でも同じであります。「急いては事をし損じる」という諺も「急がば回れ」と同意であります。何ごとも、あせればあせるほど失敗しがちであるから、落ち着いて行動しなさいとの戒めです。

しかしながら、苦労しないで、短い時間で、素晴らしい成果を得たいと思うのは、人間の誰もが自然に持っている、いわば人情であり、人間らしい感情のひとつであります。しかし、それは短絡した危険な考えだと思います。

確かに「短縮」は便利な面もあります。しかし、「短縮」は常に危険をともなうことを忘れてはなりません。たとえば、東京から名古屋へ自動車で行くとしますと、新東名高速を利用する方が多いと思います。スピードを出せば出すほど時間は短縮できます。しかし、常に緊張して運転をしないと危険です。しかも、ただスピードを上げれば良いというものではなく、速度が定められており、それを厳守しなければなりません。スピードを出し過ぎると罰せられます。大切なのは、その時間の「短縮」が、人間の幸福な生活に、どれほど利益になったかであります。

併せて読みたい、編集部からのおすすめ記事
エレガントな〈手抜き〉

社会はますます“手抜きを許さない”方向へと進み、絶え間なくリスク回避のストレスに追われています。逃げ道はないのか。小さな組織の未来学では別の選択肢を検討してみます。成果を上げるプラスの「手抜き」とは何か、ヒントが見えてくるかもしれません。この特集の終わりには「エクセレントな手抜き」にまつわる調査報告をメールマガジンでお届けする予定です。

プロフィール

三橋 健 (みつはし たけし)

神道学者。世界宗教博物館顧問。日本神道史学会会長。神道学博士。1939年石川県生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。同大学院文学研究科神道学専攻博士課程を修了。1971年から3年間ポルトガルのコインブラ大学へ留学。帰国後、國學院大學文学部講師、助教授、教授を経て、同大学神道文化学部及び同大学院教授となる。1997年、同大学在外研究員としてフランスとイタリアへ派遣され、パリ・ドフィーヌ大学、グレゴリアン大学、ミラノ東洋学校、ナポリ東洋大学、バチカン放送などで神道・神社に関する講義・講演・放送などを行う。また国内では、東洋大学、上智大学、駒澤大学、清泉女子大学などの非常勤講師をつとめる。2010年、國學院大學を定年退職、同大学大学院客員教授となり、現在は「日本の神道文化研究会」の代表として活躍。主な著書は『国内神名帳の研究(論考編・資料編)』(おうふう)、『日本人と福の神—七福神と幸福論』(丸善)、『わが家の宗教 神道』(大法輪閣)、『神道の常識がわかる小事典』『神社の由来がわかる小事典』(PHP新書)、『図説 神道』(河出書房新社)、『伊勢神宮-日本人は何を祈ってきたのか』(朝日新書)、『かぐや姫の罪』(新人物文庫)、他多数。