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モノと道具を再構築する

2016.12.28

失敗に学ぶ(7)──本質は忘れられがち

別府 俊幸

チーム作りのデザインエンジニアリング

ものづくり 危機管理 イノベーション

成功の続く裏側で

19世紀アメリカの橋梁技術者ジョン・A・ローブリングが吊り橋の建設に成功したのは、風によって引きおこされた崩壊を考察し、それらの失敗から学ぶことによるものでした。その後、アメリカのエンジニアたちは、より長い吊り橋のデザインに挑みます。ところがエンジニアたちは、さらに長い吊り橋での成功を重ねるうちに、それらを支えていたデザインの本質を忘れるようになっていきました。

1940年7月1日、ワシントン州シアトルの南、タコマ市とキトサップ半島を結ぶタコマ海峡橋が開通しました。この橋は建設中からすでに、横風によって振動することが指摘されていました。このためワシントン大学の土木工学科教授フレデリック・バート・フォーカーソンは、16ミリフィルムを用いて橋の挙動を撮影するとともに、模型(といっても20メートル以上もある巨大なものです)を作製して風洞実験による解析を進めていました。

橋は、弱風でも1.3メートルもの上下振動が観測されていました。前を走るクルマが見えたり見えなくなったりするところから、橋は「暴れん坊ガーティ(Galloping Gertie)」と呼ばれ、皮肉にも見物客の集まるスポットとなっていました。

1940年11月7日の朝、約19メートル毎秒の風によって橋は小刻みな振動を始めました。そして10時頃には、大きなねじれ振動に変わります。記録フィルムには、揺れるタコマ海峡橋を歩くフォーカーソンが映っていますが、専門家である彼自身、橋が落ちると予測していなかったことは明らかです。揺れは次第に大きくなり、10時45分、橋の中央部が崩落しました。残った橋はなおも揺れ続け、11時、路面全体が崩落しました。

タコマ海峡橋の揺れは、危険ではないとされていました(ですから、揺れを楽しみに人々が集まっていたのです)。当然、多くの人たちにとっては、風で橋が崩落することそのものが驚きでした。吊り橋が落ちたのははるか昔のことで、「今」の橋にそんなことが起こるはずがないと思われていました。

専門家も同じでした。最新技術で建設された橋が完成からわずか4カ月で崩壊したことに、大きなショックを受けました。これはエンジニアたちが、成功の経験を元にさらに伸張することに集中し、成功したデザインが基礎としていた本質を忘れていたからです。その証拠に、風によって揺らぐ(当時の最新技術で建設された)橋は、タコマ海峡橋だけではありませんでした。そして、それらの橋の揺れも問題視されていませんでした。しかし、この事故の後に慌てて改修がなされます。

ところで、橋を破壊した横風による「自励振動」は、当時は未知のメカニズム(※1)でした。そしてこの事故を契機として、流体振動に関する研究が急速に進展しました。しかし自励振動のメカニズムが未知であったとしても、風の力で吊り橋が崩壊するであろうことは既知でした。ローブリングは風の中での振動を抑えることを徹底的に考えて成功しましたが、その本質が忘れられたことが、タコマ海峡橋の失敗を招きました。

拡大の罠

現時点で失敗がないということは、デザインの完全さを証明するものではありません。失敗する条件にたまたま出会っていないだけかもしれません。ところが人は、問題がなければ「大丈夫」と考え、次には少し大きくしても「大丈夫だろう」と考えます。しかし、その拡大を繰り返すと、小さなときには問題でなかった要素が大きな影響を持つようになり、それが成功を支えていた本質を超えることになりかねません。実は技術史上、この「拡大の罠」によって引き起こされた失敗が数多くあります。

2004年3月26日、東京の六本木ヒルズで男児が自動回転ドアに挟まれて死亡する痛ましい事故(※2、3)が起きました。ビルの出入り口という、多くの人が通るところに設置されていたドアで起きた事故でした。この事故もタコマ海峡橋と同じく、製品の安全を支える本質を忘れてしまったことが誘因となったと考えられます。

畑村洋太郎先生は事故そのものだけでなく、事故の背景に潜む要因を含めて詳細に分析されておられます。著書「ドアプロジェクトに学ぶ」は、事故調査・分析に関しても学ぶところの多い一冊です。

もともと回転ドアがヨーロッパで自動化されたときには、「軽くてゆっくり動くドアでなければ危険」と考えられていました。しかし日本に伝わったところで、もっとも重要な「軽くなければならない」との思想が失われ、「見栄えの良さ」が求められるようになりました。このため回転ドアのフレームはアルミからスチールに変更され、さらにはステンレス化粧が施され重くなりました。

そしてドアが重くなると回すにもエネルギーが必要となります。そこで中心軸を回していたモーターを外周部に配置し、さらに複数個とするなど駆動系が強化されます。これで重たいドアもスムーズに回せます。加えて高層ビルの「ドラフト現象(ビル内で空気が温められることによる煙突効果のため、入り口に空気を呼び込む現象)」や、ビル風の流入を防ぐための「風圧に耐える」との要求も付加されました。軽いドアでは、しなったり軋んだりします。そこでドアは、さらに頑丈にされます。

その結果、ドアの重量はどんどん大きくなります。2.7トンの回るドアに挟まれたらどうなるか。言うまでもないでしょう。

安全のための思想

増えた重量に対してエンジニアは、センサーで安全を確保しようと考えました。

安全確保には二つのアプローチがあります。「本質安全」と「制御安全」です。本質安全は、衝突時の衝撃そのものをなくす、または低減する方法です。外部からブレーキなどの作為を加えなくても致命的損傷を与えることのない、適切な構造や機構をデザインに採用します。回転ドアで言えば、ぶつかっても怪我をしないようドアを軽くする方法は、これに当たります。

これに対して制御安全とは、センサーとシステムを用いて外部から作為を加えて損傷を防ぐ方法です。重くなったドアに対してエンジニアは、制御安全に頼って安全を確保できると考えました。しかし、残念ながら事故は起きてしまいました。

畑村先生が指摘されるように(※3)、現代には制御安全に対する過信、すなわち「機械がうまく動かなければセンサーと制御システムを設置すれば良い」との風潮が強まっているように思われます。しかし、これでは失敗が起こります。これは一つのメーカーだけの問題ではありません。本質を忘れてしまえば、どこでも起こり得ることです。

本質安全のないシステム、例えば自動車の自動運転、ドローンによる空中配送は、人とシステムを分離しない限り、大きな失敗を招きます。

エンジニアは、成功した側面だけを見るのではなく、デザインを成功に導いている本質を常に見つめ直さなければなりません。それを忘れてしまえば、タコマ海峡橋の崩壊は歴史上の出来事ではなく、繰り返される失敗となるでしょう。

※1 「タコマ橋の崩壊」(失敗知識データベース)
※2 「六本木回転ドア事故」(失敗知識データベース)
※3 「ドアプロジェクトに学ぶ」(畑村洋太郎/日刊工業新聞社 2006)

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ここでは製品やシステムがうまく機能しないこと、壊れることによって、物的あるいは人的被害が生じる「失敗」について考えます。失敗による事故や経済的な損失などは、ユーザーにとっての不幸な出来事です。エンジニアとして、これはなんとしても防がなければならない事態です。

プロフィール

別府 俊幸 (べっぷ としゆき)

松江工業高等専門学校教授(電気工学科)。1961年鳥取県生まれ。専門分野は、エンジニアリング・デザイン教育、電子回路、制御工学。東京電機大大学院、東京女子医大日本心臓血圧研究所を経て現職。医学博士、工学博士。その他、オーディオ自作派ライターとしても活動中。著書に「オペアンプから始める電子回路入門」(森北出版)、『メカトロニクス電子回路』(コロナ社)など。『コミック エンジニア物語 未来を拓く高専のチカラ』(平凡社)では企画立案、編集長を担う。『OPアンプMUSESで作る高音質ヘッドホン・アンプ』(CQ出版社)