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シンガポール、未来的都市に「保存再生」で刺激

書籍「世界のリノベーション」より

葛西 玲子=ライター【2017.12.26】

「日経アーキテクチュア・ウェブサイト」2017年12月19日付の記事より

シンガポールと言うと、政府主導の都市計画に基づいた「モダンな建築が立ち並ぶ未来的都市」というイメージが強調されがちだ。だが、歴史遺産の保存再生が大きなアジェンダ(課題)となっていることも見逃せない。このほど発売になった書籍「世界のリノベーション」で紹介した「シンガポールのリノベ事情」を掲載する。

 シンガポールのリノベーションの歴史を振り返りつつ、近年話題となったプロジェクトを紹介したい。

 1965年の建国当時は、スラムを一掃し、近代的で衛生的な環境のインフラづくりに焦点が置かれた。そうしたなか、インフラの発展と経済の成熟とともに、国家の遺産、歴史的価値のあるものを残していくべきだという機運が次第に高まった。

 それを受け1980年代後半には、都市計画を主導するURA(国家再開発庁)により、「保存のためのマスタープラン」が制定される。その後、20世紀初頭に建設された「ショップハウス」と呼ばれる低層の店舗住宅群が残る10の地区が保存建築地域に指定され、それらの地域の建築物の保存と景観を守るための詳細なガイドラインが施行された。

パダン広場よりナショナルギャラリー(右)を望む(写真:Studio Milou)
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 そして、「ナショナルギャラリー」(詳細はこちら)のように、英国統治下にあった時代に建造されたシビックエリアの官公庁舎や修道院といった施設が、政府の文化政策により、この10数年の間に軒並み文化施設として改修されてきた。

 URA保存マネジメント部のディレクター、ケルヴィン・アン氏は、「国の持つ歴史と遺産の価値を見いだし、受け継いでいくことは重要なことだ」と語る。そして国家遺産局、政府観光局といった各機関との連携を通じて「保存するということを超えて、その空間に新しい価値を与えていく」ことが文化遺産の価値を高め、それらが観光資源として大きく貢献していることも特記すべきだろう。

ショップハウス群がけん引役

 4つの視点から実例を紹介する。

(1)ショップハウス群

 市街地の保存地域の多くのショップハウスは、商業施設やオフィスとして使用されている〔写真1〕。装飾性に富んだファサードの保存には細かい規制に準じる必要があるが、インテリアの改修には制約がなく、建物の特徴を生かしデザイン性を持たせた空間が数多く生まれている。

〔写真1〕活気づくショップハウスのリノベーション
装飾的なファサードが魅力的な低層のショップハウスが並ぶエリアは、全体が保存地域に指定されている(写真:葛西 玲子)
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 チャイナタウンやボートキーといったエリアのショップハウス群の飲食店はトレンディー感の演出に力を入れている。最近目につくのは、コミュニティー性を持たせたカフェや、はやりのシェアオフィスへの転用だ〔写真2〕。ストリートに面した低層空間が今どきの若者たちの人気を集めている。

〔写真2〕大型のショップハウスをシェアオフィスに
もともと製菓工場だった大型のショップハウスをトレンディーなシェアオフィス「ワーキングキャピトル」に改修。カフェやバーも併設する(写真:Fabien Org)
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 建築関係者が意匠を凝らして改修し、ショールーム的に使用するケースも多い〔写真3〕。

〔写真3〕シンガポールの建築学会も実践
シンガポール建築学会が2015年にショップハウス2棟をつなげて改修。開かれた施設にしたいと随時ワークショップなども行っている(写真:葛西 玲子)
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(2)複合商業施設

 19世紀半ばにカトリック系女子修道院として建設された宗教教育施設が、20年前に大改修を経て飲食を主体とした商業施設「チャイムズ」としてよみがえった〔写真4〕。一躍注目を浴び、観光スポットとして知られるようになったチャイムズは、大型保存再生の先駆的施設といえる。

〔写真4〕修道院を商業施設に転用
大型保存再生の先駆け「チャイムズ」。2015年には、大改修を経て装いも新たに飲食店を中心とした複合エンターテイメント施設として再オープンした(写真:葛西 玲子)
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 それ以降、建築遺産を保存しながら、新規の増築を行い複合商業施設として再生させた大規模開発が相次いで誕生している。「キャピトルピアッザ」はその1つ。1930年の開館以来、地域のランドマークとなっていた劇場を改修して、商業施設、集合住宅、ホテルを擁する複合施設として2015年にオープンした〔写真5〕。

〔写真5〕リチャードマイヤーの改修設計
「キャピトルピアッザ」。マスターアーキテクトとしてリチャードマイヤーを起用、既存の建造物をガラス屋根で覆いガレリア空間をつくった(写真:Capitol Piazza)
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文化施設やホテルも続々

(3)国立文化施設

 モニュメンタルなコロニアル建築を文化施設に改修したプロジェクトは、前述の「ナショナルギャラリー」以外にも、白亜の美しい装飾を持つネオクラシック様式の「ヴィクトリアシアター」「国立博物館」など、シビックエリアに集中している。政府主導の再開発、「ナショナルデザインセンター」も、築120年の修道院を改修した施設だ〔写真6〕。

〔写真6〕国立デザインセンターも改修前は修道院
政府のクリエイティブデザイン戦略の一環として2014年にオープン。展示スペースやワークショップスペースを併設(写真:葛西 玲子)
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(4)ホテル

 旧中央郵便局を改修して2001年にホテルとして再生したマリーナベイ沿いの「フラトンホテル」を皮切りに、ショップハウスを中心とした保存建築が多数ホテルとして生まれ変わっている。大型ホテルとは異なる親密性とデザイン性に富んだ空間を持つブティックホテルは人気がある。なかでも倉庫を改修して2017年にオープンした「ザ・ウェアハウスホテル」は最新のスポットだ〔写真7〕。

〔写真7〕倉庫を改修した最新スポット
ザ・ウェアハウスホテル。19世紀末に香辛料貿易の倉庫として建てられ、この20年はほぼ放置されていたが、デザインホテルとしてよみがえった(写真:The Warehouse hotel)
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 コロニアルホテルの代名詞、あの「ラッフルズホテル」も現在、大改修工事に入っているところだ。再生オープンは18年の予定。どんな装いとなって生まれ変わるのだろうか。

葛西 玲子(かさい れいこ)
ライティング プランナーズ アソシエーツ(LPA)シンガポール代表。東京生まれ。米国ラトガース大学芸術学部音楽学科大学院修了。1995年にLPA入社。LPAシンガポールの業務と並行して、ライターとして執筆活動を行う
日経アーキテクチュアSelection 世界のリノベーション

日経アーキテクチュアが近年リポートしてきた国内外のリノベーション事例の中から、特に優れたものを厳選。未掲載の写真や資料を加え、ビジュアル度を高めて紹介する。

ザハ・ハディド氏の遺作となるベルギーのポートハウスのほか、フランク・ゲーリー氏、安藤忠雄氏など、世界の著名建築家による「新築を超える増改築」を掲載。国内のモダニズム建築の保存再生事例も、技術・法規面を押さえつつ実現過程を詳細にリポート。

定価:2400円+税

* 好評発売中の「世界の木造デザイン」に続く、「日経アーキテクチュアSelection」の第2弾。

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  • 【プロローグ】五十嵐太郎が読み解く世界のリノベ建築史
  • 【PART1】欧州、歴史への挑戦 ─ 「守って攻める」名手たち
    ポートハウス(ザハ・ハディド)/ピエール・ブーレーズ・ザール(フランク・ゲーリー)/ブース・デ・コマース(安藤忠雄)/新カンプ・ノウ計画(日建設計ほか)
  • 【PART2】アジア、驚きの発想 ─ 世界が注目する新たな波
    ナショナル・ギャラリー(スタジオ・ミロー)/サイアム・ディスカバリー(nendo)
  • 【PART3】米国、公共施設再編 ─ 新築・リノベ使い分け
    マーティン・ルーサー・キング・ジュニア記念図書館(メカノアーキテクテン)/トレンド:NYの図書館に再生の波
  • 【PART4】モダニズム再生5選 ─ 「免震」「減築」で更新
    山梨文化会館ほか免震改修(原設計:丹下健三)/ロームシアター京都(原設計:前川國男)/春日大社国宝殿(原設計:谷口吉郎)/米子市公会堂(原設計:村野藤吾)/青森県庁舎(原設計:谷口吉郎)
  • 【PART5】ストック活用10選 ─ 機能転換で集客アップ
    ONOMICHI U2/HakoBA函館/旧本庄商業銀行煉瓦倉庫/戸畑図書館/旧桜宮公会堂/アーツ前橋/市原湖畔美術館/ドーム有明ヘッドクォーター/東京芸術大学4号館改修/東京大学総合図書館別館

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