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海側と山側で補完、尾道の遊休建物改修

広島県尾道市「ONOMICHI SHARE」ほか

山本 恵久【2017.10.19】

「日経アーキテクチュア・ウェブサイト」2017年10月10日付の記事より

遊休不動産の利活用やエリア再生の点で近年、広島県尾道市が改めて注目を浴びている。2012年設立のディスカバーリンクせとうちの取り組みが多角的な視点をもたらしている。

(写真:生田 将人)
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 もともと尾道市は2000年代からの「尾道空き家再生プロジェクト」(08年にNPO法人設立)や、地元事業者による飲食店展開により、ストック活用の点では全国から注目されてきた場所だ。

 ディスカバーリンクせとうちは、「住む人と訪れる人の両方に、まちの魅力を再発見できる機会をつくる」「まちづくりを通じ、事業と雇用を創出する」──などといった理念を掲げて複数の事業を市内で展開。観光名所である千光寺まで上る階段の途上に設けた「せとうち 湊のやど」が、その皮切りとなる。

 また、ストーリーの際立つ取り組みとしては13年4月から「尾道デニムプロジェクト」を開始。尾道で働く様々な職業の人に着用してもらった備後産のデニムを、付加価値のあるユーズド製品として販売する。その由来を説明するために商店街の一角に店舗を開設し、全て対面販売としている。備後地方が日本有数のデニムの産地であるという点をアピールする取り組みでもある。

 特に、宿泊、飲食、物販の機能を持つ「ONOMICHI U2」の開業は話題を呼んだ。県が所有し、市が管理を委託されている海運倉庫を利活用する公民連携プロジェクトで、プロポーザルに共同で応募した設計者のサポーズデザインオフィスと企画・運営者のディスカバーリンクせとうちが、複合施設に転用を提案。これが採用されて14年3月に開業している。

市の倉庫の改修でシェアオフィスも

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約70席を有するシェアオフィス。尾道水道(瀬戸内海)側の開口部は改修時に設けている。所在地:広島県尾道市土堂2-10-24/発注・運営:ディスカバーリンクせとうち/改修設計:せとうちトレーディング、せとうちホールディングス 建設カンパニー/デザイン:MASA/施工:せとうちホールディングス 建設カンパニー/開業:2015年1月(写真:生田 将人)

 U2は、瀬戸内しまなみ街道の本州側の玄関口の拠点としてサイクリング客の受け皿になると同時に、地元の人が日常的に使う性格を持つ。

 開業から3年を経て、宿泊部分では3割強がサイクリング目的、3割がインバウンド、残りが国内の主に都市圏からの客となっている。県内の宿泊施設の稼働率が7割程度とされる中、それと比較して好調に推移している。またランチ営業は、ほぼ地元客。その集客数も予想を上回っているという。

 それまで市を訪れる人の大半は、空き家を利活用した店舗や寺社などの集まる尾道駅東側の山手エリアを回遊していた。U2が駅の西側のウォーターフロントに開業し、人の流れは確実に変わったという。

 「管理の関係から今は出来ないが、せっかくのロケーションなので、ボードウォークで直接サービスを提供できるようになると有り難い」とONOMICHI U2(運営する株式会社)の井上善文・取締役副社長は語る。

 15年1月には、市が実施した「おのみちサテライトオフィス誘致事業」公募型プロポーザルを経て、やはりウォーターフロントにある建物の2階に「ONOMICHI SHARE」を開業。市が、資料用の倉庫としていた場所をシェアオフィスに改修して使っている。

 ディスカバーリンクせとうちの出原昌直代表は、「展開してきた複数の事業が、うまくつながって回り始めるまでに、あと少しのところまで来たかなと感じている」と語る。

ONOMICHI U2

(写真:生田 将人)
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1943年築の海運倉庫を複合施設に改修。開業後、海側のボードウォーク上のテーブルとチェアの数を増やし、オリジナルデザインの家具も配置。公園のような場所として開いている。所在地:広島県尾道市西御所町5-11/発注:ディスカバーリンクせとうち/改修設計:サポーズデザインオフィス/施工:大和建設/運営:ONOMICHI U2/開業:2014年3月(写真:生田 将人)
「まち再生出資」による支援
国が補助する政策金融機関からの出資(本件は6300万円)によって事業リスクを縮減し、金融機関からの融資の呼び水としている(民間都市開発推進機構の資料を基に作成)
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東側の端の一角は当初は公共スペースとしていたが、ライフスタイルショップを拡張し、こちらのスペースに移している。また中央部のレストランは業態をシーフードレストランとしていたが、まちなかの居酒屋で需要が満たされていると判断し、厨房設備を増強して肉のグリル料理中心に切り替えた(写真:生田 将人)
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Interview 4つの拠点で最大200人の宿泊客受け入れを視野に ディスカバーリンクせとうち代表 出原昌直代表

出原 昌直(いではら まさなお) 1969年広島県福山市生まれ。93年法政大学経済学部卒業後、伊藤忠商事を経て2000年にアパレル事業等の現ディーフィールド設立。12年にディスカバーリンクせとうち設立。15年4月より広島県議(写真:日経アーキテクチュア)
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 会社設立後、民間の事業者として、一部の少額の助成を除けば資金面では自立して進めてきた。

 ONOMICHI U2の規模の事業に携わるに当たっては、民間都市開発推進機構のまち再生出資のほか、地銀の融資に助けられている。観光というのは、簡単には利益を生まないサービス業ながら、雇用を生む効果がある。「地域の雇用を守るために観光を手段とする。そこに融資できないようなら、地銀である意味がない」と言っていただき、支援を受けている。

 県と市の協力により、U2は、海側に人の流れを呼び込む新しい魅力の核になった。広報面の効果を含め、建築やデザインの力の大切さを実感した。山側にも、そうした大きなきっかけになる場所が欲しい。ここしばらく、千光寺に上る新道の脇にある旧・新道アパートを、宿泊、飲食、公共スペースの機能を持つ複合施設にリノベーションする山白屋のプロジェクトを継続している。

 山白屋に関しては、インドの建築設計事務所のスタジオ・ムンバイが実施設計を、ほぼ終わらせている。湊のやどをつくって分かっていたが、車の入り込めない山手では工事の費用も時間も平地の倍は必要で、運営を始めてからも物や人の上下が簡単ではない。来春の開業を予定していたが、延びる可能性がある。逆に国内でも、まれな施設になるはずだと考えている。

 スタジオ・ムンバイの建築を知っておきたい、とブランディングを担当しているスタッフから声が上がって急きょインドに趣いたのは、U2を計画中の頃だった。建築を体験できればいいだろうと思ったら、インドの知人のつてで代表のビジョイ・ジェインさんに会い、家に泊めてもらうことができた。サポーズデザインオフィスの吉田愛さんも同行していたので、それ以来の意見交換などはU2のデザインに影響している箇所があるのではないかと感じる。

 湊のやど、U2、山白屋、もう1つ公表前の新築プロジェクトを合わせ、4つの拠点によって150~200人の宿泊客をディスカバーリンクせとうちが担う状況に持っていこうと考えている。農業、漁業との連携でサービスを開発し、山手に上がったら1泊か2泊は下に降りずに完結した新しい過ごし方ができるようにしたい。

 これまでの施設を合わせ、雇用も200人程度を創出する計算になると思う。これだけ各地で観光振興が進むと、尾道に限らず、サービスのための人材確保が課題になってくるのは間違いない。

 次の世代に残したい建物には、積極的に再生に関わるつもりで取り組んでいる。新築にしろ、まちの資産になるものにしたい。そういう姿勢でも、企業誘致に公的支援があるのと比較し、ホテル建設には行政の支援を得にくい。規制緩和を含め、難題の多い事業を推進できる状況になって欲しいと感じている。

 尾道がひと段落したら、もともと視野に入れていた鞆の浦の側の事業開発にも力を入れたい。(談)

現状の新道アパート。スタジオ・ムンバイのビジョイ・ジェイン氏は小津安二郎監督の「東京物語」が好きで舞台の尾道は知っており、本件のために何度も足を運んでいるという(写真:日経アーキテクチュア)
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せとうち 湊のやど

(写真:生田 将人)
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1931年築の建物を改修した「鳥居邸 洋館」は望(150m2)と蒼(120m2)の2つの客室を持つ。短期の貸家(貸し別荘)として12年12月に運用開始。1棟貸しもしている。望の2階テラスからは、尾道水道を一望にできる。桐谷建築設計事務所が、改修設計を担当。

(写真:生田 将人)
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江戸期のものと推定される建物を改修した「出雲屋敷」は月(130m2)と雲(140m2)の2つの客室を持つ。13年4月に運用開始。濡れ縁のある1階、座敷から尾道水道を見下ろせる2階に分かれ、やはり1棟貸しもしている。茶室・数寄屋の研究の第一人者である中村昌生氏が、建築監修を担当。

(写真:生田 将人)
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Interview 「観光地化」とのせめぎ合いもある NPO法人尾道空き家再生プロジェクト 豊田雅子代表理事

 20年ほど前、駅からの半径2キロ圏に500軒以上の空き家がある頃から、尾道を見て回るようになった。戦災や災害に遭っていない貴重な場所で、人が近くにいる、顔の見える暮らしがある。空き家を一つひとつ再生し、まちの財産として次の世代に渡していきたいと考えた。

商店街にある大型の空き家の再生でゲストハウス事業に乗り出した代表的なプロジェクト「あなごのねどこ」(1階は路地とカフェ&バー)(写真:日経アーキテクチュア)
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千光寺の最寄りで開業しているゲストハウス「みはらし亭」のカフェ部分(写真:日経アーキテクチュア)
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 賛同者が多く、20〜30代の若い移住者が常に来て、もう20年前から住み始めた人から数えると第4世代くらいになる。みな新しい感覚で古い建物を使い、個々の夢を叶えている。そうした面白いライフスタイルを見て興味を持ち、また新たに来てくれる人が本当に増えている。

 良くも悪くも観光客も確実に増えた。海外からの人も普通に見かける。客の収容数を上げるために建て替えを決めたり、不釣り合いなデザインの建物をつくったりが起こらないよう望んでいる。不動産オーナーの意識を変える働き掛けは、今後も課題だと感じている。(談)

2000年頃から尾道市の山手エリアをリサーチしていた豊田氏は、斜面地にある築70年の空き家「ガウディハウス」を2007年に衝動的に購入。以後セルフリノベーションによる再生を図る。100軒近くとなるコミット事例のうちでも活動を象徴する建物(写真:日経アーキテクチュア)
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この記事のURL http://www.nikkeibp.co.jp/ppp/atcl/tk/PPP/434167/101200039/