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ソーシャル・インパクト・ボンド、日本でのこれから

社会的投資推進財団(SIIF)代表理事 青柳光昌氏に聞く

聞き手・構成:萩原 詩子=ライター【2017.11.22】

イギリス発祥の新たな公民連携手法、ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond、SIB:社会的インパクト投資の手法の1つ)。社会問題の解決を目指し、民間から調達した資金で行政機関が事業者に公的サービスを委託、その成果に応じて出資者に利益を還元する仕組みだ。今年度から国内でも、神戸市と八王子市で本格的な取り組みがスタートした。この両者で中間支援や資金提供を行う一般財団法人社会的投資推進財団(SIIF)の青柳光昌代表理事に、日本におけるSIBの課題や展望を聞いた。

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(写真:日経BP総研)

――いよいよ日本でも本格的なSIBが始まりました。実現までの経緯を教えてください。

 世界初のSIBは、2010年に英国で始まった刑務所(ピーターボロ刑務所)の再犯率低減プログラムです。事業は15年まで実施され、再犯率を9%減らし、民間資金提供者に年率3%のリターンを支払うことに成功しました。これをきっかけに、現在19カ国で89のSIBが成立しており、トータルで約300億円規模となっています。

 日本では、SIIFを設立した日本財団が、13年にSIB普及のための調査研究を始めました。15年には横須賀市、尼崎市、福岡市でパイロット事業を行っています。日本財団によるパイロット事業の報告書も公開されています。

――2017年には神戸市と東京都八王子市で本格導入が始まりました。両市を例に、SIBの具体的な仕組みを説明していただけますか。

 SIBの目的は、社会福祉課題を解決し、将来の社会保障コストを削減することです。神戸市では糖尿病性腎症の患者を対象に重症化を予防し、人工透析に移行した場合に必要となる、高額な医療費の抑制を目指しています。同様に、八王子市では大腸がん検診の受診率向上に取り組み、がんの早期発見、医療費の適正化につなげます。

 神戸市の場合、市から業務委託を受けた事業者が、民間出資者から資金提供を受けて、対象者に6~7カ月程度の保健指導を行います。その結果、生活習慣の改善が見られたか、腎機能低下が抑制できたかなどの成果を第三者機関が評価。評価に応じて市が事業者に委託料を支払います。そして、その委託料から出資者にリターンが支払われる仕組みです(関連記事)。

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神戸市のSIBの事業スキーム(資料:神戸市)

 一方、八王子市の事業は対象者に大腸がん検診の受診勧奨を行い、翌年度に受診率を、翌々年度に精密検査受診率と早期がん発見者数を測ります。11人の早期がんを発見すれば、約1684万円の医療費適正効果が見込めます。成果指標が明確なので、ここでは第三者機関による評価は行いません。市は成果に応じて最大約976万円を支払います。その場合の成果報酬の相当額は88万8000円で、ここから出資者にリターンが支払われます(関連記事)。

 SIIFの役割は、神戸市では資金提供と中間支援、八王子市では資金提供がメインですが、中間支援組織のサポートも行います。

複雑な利害を調整する中間支援組織

――SIBにおいて、中間支援組織はどんな役割を果たすのでしょうか?

 SIBは、行政、事業者、資金提供者という立場の異なる3者が連携して公的サービスを提供する仕組みです。なおかつ、それぞれの立場に複数の関係者がいるケースもある。全体の意見調整は一筋縄ではいきません。

 例えば、事業の目標をどこに設定するか、投資額をいくらにするか、成果を何で測り、それに対する報酬額はいくらで、リターンにどう反映するか、ということを、利害関係者同士が直接話し合っても、なかなかうまくいかないものです。第三者である中間支援組織が関係者の橋渡しをし、調整する必要があります。実際に神戸市で中間支援を手掛けてみて、関係者がそれぞれ納得できるようなスキームをつくりあげるまでのコミュニケーションが非常に重要だと実感しました。

 また、神戸市では投資家として三井住友銀行にお声掛けしたのも私たちです。事業者が直接出資者を探してくるのは難しいので、それも中間支援組織の役割の1つといえるでしょう。

ヘルスケアのほか、介護や就業支援、教育分野への導入も

――神戸市や八王子市の事例のようなヘルスケア分野のほかに、SIBに適した事業分野はありますか?

 これまで日本ではヘルスケア分野での取り組みが多いのですが、ほかに介護や若者の就業支援、生活困窮家庭の子供の教育などの分野がSIBに適しています。重要な社会福祉課題ですし、実際に行政の費用負担が大きくなっているからです。

 また、海外で多いのは冒頭に挙げた受刑者の再犯防止です。これは日本でも実現したい分野の1つ。特に若者の再犯防止は未来への重要な投資と言えます。

――これまでのところ、国内事例の事業規模はあまり大きいとはいえませんが、今後は拡大も見込めますか?

 日本ではまだ始めたばかりということもあり、神戸市も八王子市も単年度の事業で、サービスの対象者も多くありません。事業費は八王子市で約976万円、百万都市の神戸市でも約2400万円にとどまります。ただ、これで成果が上がれば、将来は対象者の人数を増やしたり、複数年度にしたりして、事業規模を大きくすることはできるでしょう。

 また、単独の市町村ではあまり大きくできなくても、同じ県内で複数の市町村がまとまって1つのSIBを組成する方法も考えられます。政策目標を共有し、まとめて10億円、20億円という規模の資金を集める。その場合、事業者は市町村によって替えてもかまわないと思います。

地方創生やPFIにSIBを組み込むこともできるはず

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(写真:日経BP総研)

――これからSIBに取り組む場合、行政、事業者、出資者のそれぞれについて、課題があるとすればどのような点ですか。

 SIBは、従来のような、行政が委託し事業者が請け負う、一方通行の関係では成り立ちません。関係者同士が対等なパートナーとして同じ目標に向かう必要があります。

 行政だけでは解決が難しい、複雑化する社会課題に取り組むために生まれたのがSIBです。活用するために、例えば行政は制度を変えたり条例をつくったりする必要が生じるかもしれません。また、SIBの目的は、現在のコスト削減ではなく、将来コストの削減です。予算編成の場面で首長や議会の理解を得るには、十分な説明が求められるでしょう。

 一方で、多くの投資家がインパクト投資に高い関心を向けています。海外では、SIBが目標達成できなくても、SIBそのものの失敗ではないと投資家自身が語った例がありました。失敗事例からも学ぶべきことは多いからです。そもそも、目標に届かなければ行政の出費はないのですから、積極的に取り組む自治体がもっと増えてほしいですね。

 もちろん、事業者は、単にイノベーティブなスキルを持っているだけでなく、それがちゃんと成果につながることを示せなければなりません。これまでの実績をデータで可視化しておくことが大事です。それがなければ、事業の成果を測定するための合理的な評価項目や基準がつくれないからです。

 事業者にとってSIBは、成果重視で仕事ができることがメリットといえます。きちんと結果を出せれば、その後は継続して随意契約で質の高い仕事を受託できる可能性もあるでしょう。

――今後は、日本ならではの展開も考えられるでしょうか。

 まず考えられるのは地方創生ですね。移住促進や地域での起業支援、第一次産業の活性化などです。さらにそれを障害者の就労支援に結び付ければ、社会福祉課題の解決にもつながります。

 地方創生は国も地方自治体も多くの予算を割いて取り組んでいる優先課題ですから、案件も成立しやすいと思います。民間出資を組み合わせることで、より高い成果が期待できるのではないでしょうか。

 また、PFIとの組み合わせも考えられます。例えば、公営住宅の改修工事に際して、高齢者や障害者にとっても住みやすい環境を整備し、空き住戸を減らして健康寿命を延ばす、といったアイデアです。建物の改修とその後の運営を組み合わせれば、成果を評価することも可能だと思います。

 今後は、地方銀行や信用金庫の参画にも期待したいところです。SIBは地域の公共的な課題を民間事業者に開放して、民間ならでのチャレンジングな手法を活用するものです。地方銀行や地域の信用金庫が出資者になり、地域の事業者が活躍できるようになれば、地域全体の活性化につながるのではないでしょうか。

青柳光昌(あおやぎ・みつあき)
一般財団法人社会的投資推進財団(SIIF) 代表理事
日本財団に就職後、NPOへの多くの支援活動に従事。東日本大震災後、同財団の災害復興支援チーム責任者を経て、日本における社会的インパクト投資普及のための調査研究・パイロットモデルの実施などに携わり2017年より現職。

■訂正履歴
初出時、SIBについて「社会的インパクト投資」という説明をしていましたが「社会的インパクト投資の手法の1つ」と訂正しました。 [2017/11/24 19:05]

この記事のURL http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/PPP/434148/111900022/