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Airbnbが「吉野杉の家」に込めた狙い

Airbnb Japan・田邉泰之代表が語る

菅原 由依子(日経アーキテクチュア)、和田 菜穂子=ライター【2017.7.14】

住宅スペースを有償で貸し出す「民泊」に、一定のルールを設ける住宅宿泊事業法(民泊新法)が6月9日、参議院本会議で可決され、成立した(民泊新法の内容は3月31日に既報)。今後は全国的に民泊営業が可能となり、各自治体が条例などで細かな制限を加えることになる。

日経アーキテクチュア6月22日号では、宿泊デザインの最新事例などを紹介した「大競争時代の宿泊デザイン」という特集を組んだ。注目は、最大手の民泊仲介会社Airbnbの動向だ。同社は今、ホームシェアリングの次の一手として、国内の地方観光市場に目を向け始めている。本誌では載せきれなかったAirbnb Japanの田邉泰之代表取締役のインタビューを掲載する。

Airbnb Japanの田邉泰之代表取締役。1971年、大阪府生まれ。2013年にAirbnbシンガポール法人に入社。日本法人設立に参加した。14年、Airbnb Japan設立と同時に代表取締役に就任した(写真:山田 愼二)
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 2017年2月、奈良県吉野町でゲストハウス兼コミュニティースペース「吉野杉の家」がオープンしました。もともとは日本デザインセンターが2016年夏に開いた展覧会「HOUSE VISION2」でAirbnbが参加し、始まったプロジェクトでした。私たちが打ち出そうとしたイメージは、“将来の家” でした。

 例えば今ある住宅は、民泊を始めようとすると鍵の受け渡しが難しいなど様々な課題があります。そこでシェアリングを前提とした家とするにはどのような設計が必要か。Airbnbが米国本社内で立ち上げた専門デザインスタジオ「Samara(サマラ)」と、設計を担当した長谷川豪建築設計事務所の長谷川豪さんらとが話し合いを重ねました。

奈良県吉野町で2017年2月にオープンした「吉野杉の家」。Airbnbと建築家の長谷川豪氏、吉野町などで協働してつくり、地元の人々が運営管理を担う(写真:生田 将人)
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 そうして、将来の家とは街に溶け込んだ家なのではないかという結論に至りました。吉野杉の家は、1階を地域に開放し、2階にゲストが泊まる構造です。ときには、コミュニティースペースに遊びに来た地元住民に、宿泊中のゲストがお茶を入れてもてなすことがあるかもしれない。ゲストとホストが対等になり得る仕組みにできないかと考えたわけです。

「宿」から「旅」全体のサポートへ

 私たちは基本的にプラットフォームを提供しているので、今後建物を新築することはないでしょう。空いているスペースを宿泊施設として活用し、長期滞在を促し、経済効果を生み出していきたいと考えています。吉野杉の家は、Airbnbとして世界で初めて建築に取り組んだプロジェクトだったので、かなり実験的な宿泊施設となりました。

 Airbnbは、米国・サンフランシスコで創設してから8年がたちました。テーマとして掲げているのは、英語で「BELONG ANYWHERE」、つまり「暮らすように旅をする」こと。近年はホームシェアリングの事業が軌道に乗り始めたという感覚もあり、「旅」という行為全体のサポートをこの先のゴールとして捉え、私たちは次のフェーズに移ろうとしています。

 2016年11月、Airbnbの米国本社で「Trips(トリップ)」と名付けた新事業を発表しました。現地をよく知る“エキスパート”が、自ら企画する手作りのアクティビティーを公開し、参加者を募るもので、Airbnbらしい場所情報の提供を目指しています。今後は「サービス」や「フライト」といった異分野への拡大も想定しており、既存の旅行会社とは違った付加価値をどう提供できるか、その方法を模索しているところです。

 さらに我々は、旅の種類を立場に応じて「ゲストジャーニー」「ホストジャーニー」に分けられると考えています。ゲストジャーニーとは、旅を企画、予約して移動し、現地に宿泊、体験して帰るという行動を指します。一方で、ホスト側も家を準備してゲストを受け入れ、コミュニケーションを図るという一連の行動をとるので、それも旅に関連したジャーニーであると捉えています。

 Airbnbはその両者の立場から考え、「旅」をサポートしていきます。創設者は約8年前、サンフランシスコの自宅をゲストに初めて開放し、最初に泊めたゲストといまだに交流を続けているそうです。人を介して知る地元のカルチャーやライフスタイルは旅の醍醐味であるというのが我々の考え方であり、体験の提供こそが次のフェーズとなるでしょう。

参加しない人にも利益を渡す

 Airbnb Japanでは、5年後、あるいは10年後を見据え、最も重要なテーマとして「共存」を掲げています。2016年度の実績では、日本国内におけるAirbnbの経済効果は年間約9200億円。370万人以上の訪日外国人が、Airbnbに掲載したスペースを利用していました。

 これまで東京や大阪、京都などで仲介サービスを展開してきましたが、最近はゴールデンルート(東京、箱根、富士山、京都、大阪など)の外にある福岡や札幌などでも浸透しつつあります。Airbnbを活用するコミュニティーが増えていく一方で、その地域で参加していない人々にとっても何らかの利益が得られるような共存の関係を模索したいと考えています。

Airbnbでの宿泊利用率が高い上位10都道府県。大阪、東京のほかに奈良や徳島などの地方が並ぶ(資料:Airbnb)
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 そこで始めた取り組みの1つが、「コミュニティー投資基金」です。収益の一部を地域に配分し、コミュニティーや文化遺産などを守るために使ってもらう考え方です。

 例えばマンションの何戸かがAirbnbで部屋を貸し出した場合、その提供者だけでなくマンション全体が利益を得られるように、基金をマンションの管理組合に渡し、自転車置き場を設置してもらう方法もあり得ます。吉野杉の家でも、同基金を導入しようとしていますが、詳細はこれから吉野町と協議をしていきます。

 Airbnbのユーザーには、綺麗な新築の施設に泊まりたいというよりも、地元の文化や人、生活に触れて、生活臭のある場所を楽しみたい方が多い。私たちにとって、都心に限らず、日本全国あらゆる場所にコンテンツが転がっているようなものです。

 まして今は全国に800万戸以上の空き家があります。困っている自治体があれば、解決に向けて手伝えることがあると思っています。むしろ手伝わない方がもったいない。

2017年からは日本人ゲストの獲得に本腰

 様々なサービスを展開し、登録物件数もさらに伸ばそうと考えると、我が社単独で行うには限界もあります。そこで、5月からはホストの育成や業務支援サービスの開発において、パソナと業務提携を始めました。16年10月には岩手県釡石市と観光促進に関する覚書を締結し、これから民泊の推進を図っていきます。

2016年10月、岩手県釜石市とAirbnbは観光促進に関する覚書を締結した。左が同市の野田武則市長、右がAirbnb共同創設者のジョー・ゲビア氏(写真:Airbnb)
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 Airbnbが日本法人を立ち上げて、約3年になります。インバウンドにフォーカスを当て、これまではゲストよりもホスト数を伸ばすことを中心に取り組んできました。とはいえ、16年度の日本人の国内延べ旅行者数は約6億人以上で、インバウンドよりもはるかに大きい市場です。

 そのため、17年からはそろそろ国内のゲストユーザーを増やしたいと考えています。私たちの強みは、ディープなローカルに泊まることで、ディープな情報を得られるような旅のスタイルを提供できること。日本人が知らなかった地方や体験を再発見できるサービスを提供していきます。

田邉代表は、「どこに行っても、地元に帰って来たような心地良さが得られる旅をサポートしていきたい」と語る(写真:山田 愼二)
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 日経アーキテクチュア6月22日号の特集「大競争時代の宿泊デザイン」では、Airbnbと長谷川豪氏などが手掛けた「吉野杉の家」について、写真や図面などの詳細を掲載している。

この記事のURL http://www.nikkeibp.co.jp/ppp/atcl/tk/PPP/434148/062300014/