自治体トップが語る

記事一覧

豆苗、トマト、くだもの――農業参入の企業が集まる理由

北杜市長 渡辺英子氏に聞く

構成:黒田 隆明【2017.11.9】

豆苗、トマト、くだもの――。農業参入する企業が集まる自治体がある。人口約4万7500人、山梨県北西部に位置する北杜市だ。なせ企業が集まってくるのか。市長の渡辺英子氏に聞いた。

(写真:佐々木みどり)

――北杜市には、植物工場や大企業の農場、大企業と提携した農場が集まってきています。オリエンタルランドシダックスの進出も話題になりました。どういったきっかけでこうした産業を誘致しようと考えたのですか。

 働く若い人たちに定住してもらうには、まず働く場所が必要です。そこで、企業誘致にはとても力を入れていました。ただ、農業関連の企業を特に意識していたかというと、実は最初はそういうわけではありませんでした。

――何か農業に目を向けるきっかけがあったのですか。

 荒廃農地、高齢化、鳥獣害といった課題が顕在化してきた中で、少し視点を変えて機能的な農業にも目を向けようとしていたときに、村上農園さんが進出を検討しているという情報が入ってきました。

 そして村上農園さんに何度か行ってお話をして進めていきました。そこが始まりでしたね。北杜市は農業によい条件が整っているので、そこに改めて目を向けようと考えるようになりました。

――北杜市のどのような点が農業に適しているのですか。

 北杜市の特徴を一言でいうと「山紫水明」なんです。まず、北杜市は日本百名山や、3000m級の「山」に囲まれています。「紫」は国蝶オオムラサキ。日本一の棲息地なんですね。それから「水」。今、「水の山」宣言もしていますが、北杜市はミネラルウォーター生産量が日本一です。「明」は日照時間。これも日本一です。

――農業をするための条件が整っているというわけですね。実際に移転してきた村上農園からの評価はどうでしたか。

 日照量などの条件が良いためか、想定していた以上に収穫ができたと高い評価をいただきました。村上農園さんに限らず、九州屋さん、アグリマインドさんなどからも、生産量が予定より大きく伸びているという評価をいただいています。ほかの場所では求めても手に入らない北杜市の自然の条件というのは、大きなメリットだと思っています。

村上農園(広島市)の植物工場、山梨北杜生産センター。2011年11月に第一期が完成した。豆苗、スプラウトなどを生産する。第一期工事の総工費は約10億円。敷地面積5万6522m2、建物の面積は第一期・1万2838m2、第二期・1万5059m2と大規模な施設だ(写真:村上農園のプレスリリースより)
[画像のクリックで拡大表示]

――進出企業は、明野町地区に集中していますね。

 明野は北杜市でも一番日照時間が長いと言われているところなんです。それと、明野は畑総(畑地帯総合整備事業)で整地がされていました。荒れていている場所でも平らだったので、整備しやすかったというのも大きな理由です。

――いまはどのくらいの企業が進出してきているのですか。

 20です。それも規模が非常に大きく、業種も多様です。

地権者と企業をつなぐ農業振興公社

――進出企業が増えてきたのは、やはり村上農園の評判を聞いて……といった要因が大きいのですか。

 もちろんそれもありましたが、私たちも積極的に企業に情報を出していきました。企業誘致も最初はよかったのですが、その後はなかなか増えませんでした。そんな中、今、企業が農業に目を向けているということで、こちらから声を掛けたところ、いろいろなところから視察に来ていただけました。

――誘致のために具体的にどういう施策を打ち出していますか。

 特徴的なのは、基盤整備の部分だと思います。普通、企業が進出しようとすると、地権者との用地交渉から始めなくてはなりません。北杜市では、農政部門が音頭を取って、耕作放棄地や荒廃農地の地権者を集めて、段取りをしていく体制を整えています。

 土地を貸す側にしても、企業と一対一で20年契約をするとなると、不安があるわけです。農業振興公社が間に入ることで、20年間の担保があるということで、地権者としても安心できます。

 事業費の支援も手厚く行っています。基盤を整備するとき、約半分が国からの補助金なのですが、残りの半分は企業が見るというのが一般的な自治体の対応だと思います。北杜市では40%は市で支援をし、残りの10%、本来であれば地権者が出さなくてはならない部分については企業の皆さんにご負担をいただいています。

――市長は財政健全化を掲げていますが、こうした農業型の企業の誘致が進んだことで、市の財政もよくなってきていますか。

 企業については、そろそろ課税免除の期間が終わって、これから税金を納めていただけるというところなので、まだまだこれからです。個人からの税収増にはつながっています。これまでに550人ぐらい雇用があって、そのうち市内から300人が雇用されていますので。

 それ以外に、荒廃農地の解決ということに対しては素晴らしい成果を上げています。少し古いデータですが、115haの荒廃農地が解消しています。

農業と教育が連携、15カ所ある保育園すべてに農園

――北杜市の農業関連施策としては、企業誘致のほか、教育との連携も特徴的ですね。

 はい、将来を担う子どもたちに北杜市を好きになってもらい、「また帰ってきたい」「また北杜市で子育てをしたい」と思ってもらいたい。そんな思いから、人づくりには特に力を入れています。その1つとして、自然や人材、文化施設など、地域資源を活用した原体験や実体験を重視した「原っぱ教育」という教育を定着させようとしています。

 その中で、命につながる教育ということで、幼稚園、保育園からの食育に力を入れていいます。2010年には、食育を推進する現在の商工・食農課ができました。

――具体的な取り組み内容を教えてください。

 15カ所ある保育園すべてが農園を持っているのですが、そこに地域の農家の皆さんが足を運んで、野菜づくりを教える。「教育ファーム」と呼ぶ取り組みです。

「おはよう!!朝ごはんコンテスト」のチラシ
[画像のクリックで拡大表示]

 食べ物がどうやってつくられていくのか。そして、私たちが食べているものはどれだけの苦労を経て口に入ってくるのか。そうしたことを子供たちが知るのは、とても大事です。それから、食べることによって栄養が取れるということを知るのも大事です。グラフを見せて、これはビタミン類だ、たん白質だ、炭水化物だといっても、なかなか実感がわきません。実際に食べ物をつくってみることによって、「私たちの血となり肉となるのはこういうものである」ということが分かるんです。

 そうした考えから、すべての保育園で、1年間通して「教育ファーム」の活動を行っています。小学校では、例えば3年生が大豆をまくところから収穫まで、さらに、味噌、豆腐づくりまでを行っています。中学校では地元の食材を使った「おはよう!!朝ごはんコンテスト」を毎年やっていて、200を超える応募があります。北杜市には県立高校があるのですが、そこでは、総合学科の中で地元の農業であるとか、農業生産法人が講義をしたりもしています。

――そうした人づくりが、地方創生にもつながっていきそうですね。

 今まで取り組んできた子育てや人づくりは、地方創生の大きな柱だと考えています。

 それともう1つ、企業という大きな働く場所、雇用のあるところを、もう少し市民と共に知ろうと思っています。知って、そして私たちの市はこんなに素晴らしい働く場所もあるんだということをしっかりと理解していくことが、これからの地方創生のベースとして大きな役割を果たしていくのではないかと思っています。

渡辺 英子(わたなべ・えいこ)
北杜市長
1946年9月、山梨県小淵沢町(現・北杜市)生まれ。北杜市議会議員を経て、2016年11月に市長就任(1期目)。山梨県内初の女性市長。

この記事のURL http://www.nikkeibp.co.jp/ppp/atcl/tk/PPP/433746/110700024/