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市長になったのは、「本のまちづくり」を実現するため

本をテーマに市のブランドを構築――明石市長 泉房穂氏に聞く

真部 保良=日経アーキテクチュア【2017.7.31】

2019年までに実現を目指す3大数値目標の1つに「本の年間貸し出し数300万冊」を掲げ、本のまちづくりを推進する兵庫県明石市。1月にはシンボル施設として明石駅前の再開発ビル内に、民間大型書店と同居する公共図書館をオープンさせた。新たな賑わいを生み出し、まちの価値を上げようとする泉房穂市長に真意を聞く。

(写真:松田 弘)
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――本のまちづくりを施策の前面に掲げているのはなぜですか。

 私自身、子どもの頃から、大人になったら壁一面が本棚になった家に住みたいという夢を持っていたぐらい、本が大好きでした。今も空き時間があると図書館や本屋さんによく行きます。本というのは単なる紙ではなく、歴史の時間を越え、国境を越えて様々な人と出会い、つながることができます。いろいろな学びのきっかけになるものです。

 本を明石のまちづくりの中心に位置付けて、人々に住みたいと思ってもらうための売りにしようという考えは、市長になる前から持っていました。市長に立候補したのもそれを実現したかったからなので、念願かなって具体化を進めている途中というわけです。

 地方創生に関する市の総合戦略で、本のまちづくりを位置付けています。2019年までに目指す「トリプルスリー」を定めました。人口を30万人(2014年時点では約29万1000人)に増やす、赤ちゃんの出生数を年間3000人(同2570人)に増やす、本の貸し出し冊数を年間300万冊(同約220万冊)に増やす、の3つです。現に人口は増え続けていますし、赤ちゃんの数も2年前から増え始めました。これらと並ぶ形で、皆さんが本に触れる機会を増やします。

明石市の公式サイトの「トリプルスリー」説明ページ
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お金がないのは自治体ではなく、普通の市民

――明石はほかの地域と比べて、本が好きな人たちが多いのだと思いますか。

 最初の話は私が個人的な本好きだという意味だけではなく、多くの人が本や図書館を求めていると思うのです。いわゆるサイレントマジョリティ、普通に暮らす市民の多くは、子育てなどにお金がかかり、大変な思いをされています。その方々に、欲しい公共空間は何かと聞けば、図書館などの本のある空間、そして子どもを思いきり遊ばせたり子育ての相談ができたりする空間、と答えるのは当たり前でしょう。ただ、そうした声は行政や首長の近くにはあまり聞こえてきません。サイレントマジョリティが役所に来るのは住民票を取る時ぐらいだからです。

 2011年の最初の市長選のときから私は全政党、全業界団体が敵で、泡沫候補と呼ばれながらも当選することができました。その理由は簡単で、サイレントマジョリティ、つまり声なき多数派に近い立場だったからです。今、私はそうした人たちのニーズに沿った施策を展開しているだけです。

 国にも自治体にもお金のない時代だとよく言われますが、実はそうではありません。国も自治体も、国民や市民から税金や保険料という形で預かったお金を、本来使うべきところにきちんと使わず、無駄遣いを続けているだけなのです。

 今、本当にお金がないのは、普通の国民です。そのしわ寄せがどこにいくかというと、良い本を読んでもらいたい子どもたちに、です。お金が厳しい子育て世帯は、良い本、例えば「モチモチの木」でも「花さき山」でも千数百円はしますから、簡単には買えません。本当の良書に子どもたちが出会えないと想像力も膨らみません。自分の将来のことや、友だちとの付き合い方といったことを考えるときにも影響が及んでしまいます。お金のない時代こそ、親ではなく公が本を買うべきだと私は思っていましたから、市長になった直後から、本の数を倍にするという方針を打ち出しました。

駅前再開発ビルの計画を見直して図書館を導入

――市長に就任後、駅前再開発ビルの計画を変更して大型の公共図書館を入れました。本のまちづくりの目玉施設といえますね。

(写真:松田 弘)
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 当時は人口が毎年1000人ずつ減っていくという予想値が出ている状況でしたので、駅前に賑わいを生み出すのは難しいだろうという空気がありました。再開発計画は通っていたものの、駅前ビルの中身は3フロアに市役所の約3分の1が入るというものでした。キーテナントはなかなか来てくれないだろうから無理をせずに、という案だったようです。

 私は、それは間違っているのでやめたほうがいいという考えでした。役所の3分の1といった中途半端なものが入っても、職員の通勤が楽になるだけです。駅前に役所の窓口を設けてサービスを増やすことにはもちろん意味がありますが、3フロアもの面積は要りません。

 再開発計画の見直しのポイントは3つありました。1点目が、市民のニーズに沿った内容の変更。2点目が、市民の負担を減らすコストダウン。3点目が、その手続きをしっかり市民に知らせる透明性です。この方針で就任直後、見直しに取り掛かりました。市民の声をアンケートで聞き直したら、図書館と子育て支援施設が1位、2位になりました。ああ、やっぱりと正直うれしかったです。

 役所が移転する従来の計画であれば、その費用は全額、市が自腹で負担しなければなりません。でも、本や子育てのための整備であれば、国の補助金が数十億円入ってきます。その浮いたお金で本を買えば、市民の負担を増やすことなく市民が望むものが出来上がる、というストーリーを描きました。

 自慢になりますが、駅前の人通りは施設のオープン以後、月に約2万8000人と、約4割増えました(2015年との比較)。市の人口増で市民税が増えたほか、地域の人気が高まって地価が上昇(2014年から2017年までの間に1m2当たりの平均公示地価が、商業地は18万2800円から19万900円に、住宅地は9万4100円から9万5100円に上昇)して固定資産税が増えたので、税収が約20億円増えるという効果が出ています。つまり、人が集まって人気が出たら税収が増え、そのお金で市民ニーズに沿ったさらなる施策が可能になる、という好循環が生まれています。これがなければ安定した自治体経営はできません。

 ビルの中の公共空間以外をどうするか、という問題がありました。私は、再開発が失敗するほとんどのケースは、賃料単価を高く設定できる業種、具体的には消費者ローン店舗や遊戯場などを入れようとするからだとみています。そのほうが計画上の数字は合わせやすいのですが、駅前の一等地にそうしたテナントが入居していても見せかけの賑わいにすぎませんし、それでまちのブランドイメージが上がるわけもありません。ですから、テナント選びではまちの価値を上げることを意識しました。市長に就任した直後でしたから、そこはかなり強引に進めました。

――ビルの中に図書館と同居する格好で、ジュンク堂書店が入っていますね。どのような経緯で実現したのですか。

 公民連携は初めから意識していました。ラーメン屋さんだって1軒ぽつんと建っているだけでは、はやりません。塩ラーメンのおいしい店、味噌ラーメンの店、豚骨ラーメンの店が近くにあり、ラーメンストリートになってこそ、「ラーメンならあそこだ」と、相乗効果で地域に人が集まってくるわけです。

 図書館とジュンク堂が並ぶことで、1+1が3にも4にもなると思いましたから、昔その場所に店を構えていたジュンク堂にお願いして、戻ってきてもらいました。賃料設定はいくらか安くせざるを得ず、再開発の採算上、悩ましかったのは事実ですが、強い思いで誘致に踏み切りました。

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明石駅前の再開発ビル「パピオスあかし」。右写真は2階に入居している「ジュンク堂書店」明石店。4階には「あかし市民図書館」が入っている(写真:日経アーキテクチュア)

 実はこれは私1人の思い付きではなく、この分野に詳しい第一人者に相談しながら進めてきました。まず指導を仰いだのは、松岡享子さん(東京子ども図書館終身名誉理事長)です。若かりし頃、当時の図書館の理不尽さに心を痛めて海外に渡り、図書館学を学んだ後、ご自分の家を開放して子どもたちに本に触れる場を提供したという草分け的な方です。その方にお願いしてアドバイザーに就任していただいています。

 松岡さんに最初、「駅前の一等地に公共図書館と大型の民間書店が並んで入るビルをつくりたいのですが、いかがでしょう」と尋ねると、「それは共に人気が高まり、繁栄しますから、お勧めします」と言っていただき、意を強くして施策を進められました。おかげで今、図書館の入館者はオープンからの4カ月間で約28万人と、約4倍(旧図書館の前年同期との比較)に増えており、好評です。

「明石で高く売る自信ない」と漏らすデベロッパーを一喝

――再開発街区内には大型マンションも建ちました。市外からの人口流入を促す格好の機会でしたね。事業者とはどのようなやりとりをしましたか。

明石駅前の再開発街区(写真:日経アーキテクチュア)
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 デベロッパーは大手でした。市長になって2、3年目だったと思いますが、市役所に来てもらって話をしました。言われたのは「市長には申し訳ないけれど、地方都市でうちのブランドそのままの値段設定では売り切る自信がない。住戸面積を狭くして安くしようと思っている」ということです。それで私は頭にきたのです。「明石をなめるな。もっと高くしろ。明石はもっといいまちだ」と言い返しました。するとデベロッパーからは、こう言われました。「普通は市長から、市民が買える値段まで落としてくれと言われるのに、『値段をつり上げろ』と言われたのは初めてだ」と。

 まちのシンボルとなるような駅前のタワーマンションで、楽をして売りさばくために安値をつけるという発想では、まちの価値も上がりませんし、デベロッパーだって儲からないはずです。ちょっと贅沢なぐらいの、憧れのマンションにしてもらったほうが、みんな頑張って働こう、努力して良いまちに住もうという気が生まれるのではないでしょうか。

 それに、衰退していく地域であれば駅前周辺のマンションの資産価値は下がっていきますが、継続して発展していく地域ならマンションの価値は下がりません。明石を右肩上がりの市にすれば、多少高い一時金を払っても目減りしませんから、買おうと思う層はいるはずです。

 ふたを開けてみると、倍率は5倍、199戸が即日完売です。だからデベロッパーの判断は誤っていたのです。当時は人口が減少から増加に転じ、明石のまちのブランドイメージが高まっていた時期で、その影響はあったと思います。このマンションを買えなかった方々を含め、多くの人たちが明石のマンションに強い関心を持つようになり、駅前周辺で今も探しておられると聞きます。

 もちろん、すべてがうまく回っているわけではありません。あえて言うと待機児童数は全国ワースト6位、関西ではダントツのワースト1位です。市の人気が上がって人口が増えている影響もあると思いますが、こうした課題もあります。

優秀な専門職の獲得は行政の本気度次第

――本のまちづくりを進めるに当たり、司書の資格を持つ任期付職員を採用しました。この分野に限らず専門職の採用に積極的ですね。

 私も弁護士資格を持っていますが、ほかに弁護士資格を持つ常勤職員が7人います。弁護士以外にも社会福祉士、臨床心理士など様々な専門職がいます。

明石市が2014年度以降に募集した任期付職員(資料:明石市)
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 市民ニーズが高度化していますから、行政には専門性の高い業務を担える人材が要ります。かたや人件費は削らざるを得ない時代です。そこで、1人で1.5人分働いてもらえる専門職を採用しています。1.5人分とは、一般行政職の仕事を普通にしたうえで、持っている専門的なスキルを市民サービスに生かしてもらう、ということです。給料は一般の職員より1割くらい高くしています。こうすることで、職員が減ってもサービスは向上し、税金の使い道としてはより効果的になります。総人件費は私が市長になって以降、約10億円減らしてきましたが、その分、専門職に入れ替えてきたということです。

――採用は順調ですか。

 ほかの自治体では弁護士を採用したくても1人も応募がない、ということがあるようですが、明石市では全国公募したら数十人の応募があります。東京や九州などからも受けに来ていただいている状況です。

――ほかの自治体と何が違うのでしょう。

 2つあると思います。1つは本気度です。児童相談所を例に挙げましょう。明石くらいの規模の自治体は、大半が児童相談所をつくりたがりません。そしてどこも、いい人が雇えないから、という言い訳をします。

 それは違うのです。自治体が本気で子どもに寄り添って児童虐待を防ぐ施設をつくろうとしたら、心ある人は、ほかを辞めてでも来ます。子どもを本当に助けたいのに、もどかしい思いをしている職員はいますから。実際に明石にはそのような人が集まってきています。

 もう1つは、発信です。明石市が専門職の募集をかける場合、その分野の全国団体とタイアップして、全員にチラシを配っています。弁護士であれば、全弁護士にチラシが届くのです。最初は、そこまでしなくてもと言われましたが、そこまでする必要はあるのです。明石は本気だというクチコミが広がれば、優秀な人に受けようと思ってもらいやすくなります。誰でもいいから来てください、と言っていては優秀な人は来ません。

市内の待合スペースを「まちなか図書館」にしていく

――今後、本のまちづくりをどのように進めていきますか。

 まず思い描いているのは「手を伸ばせば本に届くまち」です。駅前の一等地に大きな図書館をつくっただけでは不十分です。具体的には「まちなか図書館」というイメージで、病院や診療所、銀行、郵便局などの待合スペースに本棚を置いて、公共の本を借りられるようにしていきたいと思っています。これは順次進めていく予定です。

 さらに将来の目標としては「優しいまち」をつくること。私が政治家を目指した原点は、自分の弟の障害に関する子ども時代の悔しさです。もっとみんなが助け合う優しいまちであってほしいと子ども心に思いました。人の痛み、悲しみ、悔しさを知るのは難しいことですが、本はその支えになります。

 また私には子どもの頃、本があまり買えなかったという悔しさもありました。今、同じように「本を買って」と親に言えない多くの子どもがいます。その子たちのために、市民の方々から預かっているお金で本を図書館にしっかりと並べてあげたいという強い思いがあります。

 明石を本のまちにすることによって優しいまちを実現したい、という思いで私はわざわざ市長選に立候補しました。選挙資金を、もう少し立派な家を建てるのに使うことだってできたけれど、それよりも優しいまちをつくりたかった。その夢がかなうよう頑張っていきます。

明石海峡を望める市役所でインタビューに応じる泉市長(写真:松田 弘)
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「民業圧迫」と言っていると全体のパイが減っていく

――図書館と民間書店の、いわゆる食い合いの問題は起こりませんか。

 もちろん一部は食い合うでしょう。同じ本であれば図書館で借りた方が得だと考える人もいますから、書店にとってマイナスの要素はあると思います。しかし、マイナス以上にプラスが大きいはずです。

 図書館の側には、例えば節税の本といった実用書は置くべきではないと思います。自分の損得に関わる情報は自腹で買うものです。ベストセラーも、早く読みたいなら自分で買ってもらう。順番待ちで遅くなってもいい人は図書館で借りてもらってもいい。いくら市民から多くの要望が寄せられたからといって、図書館がベストセラーを何十冊も買うのはどうかと思います。飽きられたらすぐに余る、というのは公のお金の使い方としては疑問です。

 一方、長く読み継がれる良い絵本などは同じ本でも何冊もそろえておき、いつでもすぐ子どもたちに読んでもらえる状況をつくっておくのが公共図書館の役目です。

――今後の展開でさらに民間と連携できる部分はありそうですか。

 既に今、街角のいくつもの本屋さんが図書館の本の返却場所になってくれています。このように本の空間をつないでいくことはまだまだできると思います。駅前の図書館だけでなく、学校の図書館もつながれます。公であろうが民であろうが、本を通してつながることが可能です。

 駅前の図書館とジュンク堂との間では今後、お互いの本を検索できる機械を置く予定です。ジュンク堂からも了解をいただいています。4階の図書館で読みたい本が貸し出されていたら、検索して2階のジュンク堂にあることが分かれば、下りていって買えばいい。逆にジュンク堂に置いていない古い本が図書館にあれば、上がってきて借りればいいわけです。両者のメリットになると思います。

――「なぜジュンク堂だけなのか」ということにはなりませんか。

 もちろん、そういった議論はあるかもしれませんが、同じビルなのですから、協力し合えるところはするべきでしょう。

 書店組合の幹部からも「市が本に着目してくれて、ありがたい」と喜ばれていますよ。組合が企画したイベントに私が参加するなど、具体的なコラボレーションもしています。民業圧迫だから図書館を小さくせよなどと、せこいことを言っていると、全体のパイが減っていきます。全体でみて、本に親しむ人口が増えたり、各人が本に触れる機会が増えたりしていけば、小さな本屋さんにとってもプラスに働くはずです。

泉 房穂(いずみ・ふさほ)
明石市長
泉 房穂(いずみ・ふさほ) 1963年8月明石市生まれ。東京大学教育学部卒業。1987年日本放送協会入局。衆議院議員などを経て、2011年明石市長に就任。現在2期目。弁護士、社会福祉士の資格を保有(写真:松田 弘)


■訂正履歴
初出時、東京子ども図書館終身名誉理事長の氏名を「松岡亨子さん」としていましたが、正しくは「松岡享子さん」でした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。 [2017/8/2 09:40]

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