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公民連携で必要なのは、「一緒にやりましょう」と言い切る勇気

前橋市長 山本龍氏に聞く

聞き手:坂井 敦=フリーランス【2017.4.27】

2016年8月にまちづくりの基本理念となる「前橋ビジョン」を策定した前橋市では、ビジョンに賛同した地元の企業や市民の手で、様々なプロジェクトが動き始めた。同時に、民間主導で市街地の再開発を促進する「市街地総合再生計画」も進行中だ。公民連携で取り組む前橋市のまちづくりの現状を、同市の山本龍市長に聞いた。

(写真:清水盟貴)
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――PPPによる前橋駅前のパークアンドライド駐車場の整備(関連記事)や、廃校を活用した英語体験型施設の誘致(関連記事)、また、現在公募を実施中のCCRC、PFIと公設民営の複合型による道の駅など、前橋市では公民連携の取り組みが活発ですね。

 すべて民間の力を借りながらやっていくということを基本に、行政運営をしていきたいと思っています。何かやるときにまず民間のパートナーはいないのかを考える。逆に民間の担い手からアイデアが寄せられたとき、「一緒にやろう」と行政が答えられるのか――。要するにマインドの問題です。税金を使ってまちづくりを進める時代ではありません。

ジンズ田中社長の提案を受け、官民協働で市のビジョンを策定

――まちづくりの基本理念である「前橋ビジョン」も、民間と連携しながら2016年8月に策定・発表しました。「めぶく。」というビジョンのキャッチコピーは、どのような経緯で誕生したのでしょう。

 そもそものきっかけは、本市出身で眼鏡チェーン「JINS」を展開するジェイアイエヌ(現ジンズ)の田中仁社長から、「前橋を良くするためのビジョンをつくりましょう」と提案されたことです。こうした民間の「思い」を行政が受け止められるかどうか。これからの行政はそこにかかっています。総合計画などの長期計画や、予算主義などの“従来システム”にとらわれず、「一緒にやりましょう」と言い切れる勇気があるかどうかです。これまでの行政は、この一言がなかなか言えなかった。

 こうして、前橋市と一般財団法人田中仁財団が資金を出し合って、官民協働でビジョンを策定しました。ビジョンづくりにあたって、田中仁財団がドイツのコンサルタント会社のKMS. TEAMにまちの分析を依頼したのですが、この会社が「良いものが育つ土台が整っている」と本市を分析し、それを「Where good things grow(良いものが育つまち)」という言葉で表現しました。この言葉を、同じく本市出身の糸井重里さんが、独自に解釈して日本語に訳したのが「めぶく。」です。

前橋ビジョン発表会の様子。中央がジンズ社長の田中仁氏(写真:前橋市)
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市民が「やりたい」と言ったとき、面倒くさがってはダメ

――この言葉には、どういう意味が込められているのですか。

 市民が抱く夢やアイデアを、自由に芽吹かせるまちにしていこう──。そんな思いが込められています。行政の側から言えば、「前橋はみんなのやる気を受け入れる自治体ですよ、そういう行政マインドを持っていますよ」というメッセージですね。

 私は、まちづくりというのは市民が主体となって進めていくべきものだと考えています。ところがかつての役所は、市民から「何かやりたい」と言われても、どこか面倒くさがっていた。それではダメですよ。役所の担当者から「それ、面白いですね」と言われれば、市民の意識も変わってきます。「舞台は役所がつくるから、市民は自由に踊ってください」いうことです。

 もっとも、ビジョンを発表する以前から、市民の間には「自分たちの手で何とかしよう」という気運が、起こっていました。数年前にはちょっとした補助金だけで、シャッターを閉めている商店が大幅に減少した例もあった。私はこうした動きを「YDM(やればできる前橋)」と呼んでいます。

――ビジョンの発表とともに、市民が中心となった様々なプロジェクトがスタートしました。

 約100年前につくられた土蔵を利用したコミュニティカフェ、太陽光発電を組み合わせた野菜の栽培、広瀬川でのリバーボートのレースなど、ユニークなプロジェクトが提案されました。またビジョンの実現をサポートするために、「太陽の会」「風の会」といったグループも誕生しています。太陽の会は、地元企業の有志が集まった組織で、まちづくりの活動を支えるために、毎年100万円または自社の純利益の1%を寄付してくださいます。風の会は市民の有志が結成し、まちづくりのアイデアや人材の募集などを行っていくそうです。すべて市民の発起です。神輿の担ぎ手が一緒についてくるわけですから、こんなありがたい話はないですよ。

前橋ビジョンに基づく10のプロジェクト
  • 飲食プロジェクト(料理人 澤井雷作氏)
    日本初上陸の手打ちパスタ店(米国ポートランドの「GRASSA」)を開業
  • 街中リバーフェスin広瀬川プロジェクト (カッパクラブ ガイド・宮尾貴明氏)
    市内の広瀬川でリバーボートのレースを9月に開催
  • ホテルプロジェクト(藤本壮介建築設計事務所 藤本壮介氏)
    2008年に閉館した老舗ホテル(江戸時代創業の旧・白井屋)の再生プロジェクト
  • 農業プロジェクト(ファームドゥ 田村育美氏)
    太陽光発電と野菜栽培のソーラーシェアリングによる耕作放棄地活用など
  • 和菓子プロジェクト(ナニラニ 村瀬隆明氏)
    前橋銘菓となる和菓子の開発
  • 歩いて健康プロジェクト(前橋市民健康クラブ 釜谷邦夫氏)
    中心商業地に健康ステーションを12月に開設、市民に健康指導
  • 飲食プロジェクト(飲食店オーナー 阿部光峰氏)
       前橋市の豚を使ったとんかつ料理店を開業
  • カフェプロジェクト(前橋まちなかエージェンシー 橋本薫氏)
    土蔵を再生したカフェを開業
  • 都市再生計画プロジェクト(石井設計/石井アーバンデザインリサーチ 石井繁紀氏)
    「前橋の顔を再生する」をキーワードとする中心市街地の再生支援
  • 教育プロジェクト(前橋市教育委員会指導担当次長 塩崎政江氏)
    子どもが主体になる学習活動の充実
*2016年8月3日「前橋ビジョン発表会」での発表順。カッコ内は当日の発表者

――ビジョンの影響力はかなり大きいようですね。

 ビジョンの発表後も、いろいろなアイデアが寄せられています。「土の会」という保育園や幼稚園の園長先生のグループも、新たに生まれました。「自分たちは子どもを花咲かせる大地なんだ」という思いが、名前の由来だそうです。みんな「自分たちがやる」といって名乗り出てくれた。もし行政だけでビジョンをつくっていたら、このような結果にはならなかったでしょう。やはり“民”の力というのは大きいですね。

新しい道の駅には、市民がつくった製品を並べたい

――これらのプロジェクトを、行政としてはどのようにサポートしていく方針ですか。

 前橋ビジョンに基づくプロジェクトだけを対象に、何か特別な支援制度を設けることは考えていません。内容に応じて、補助金を出したり、売り場を提供したり、既存の制度の枠組みの中でプロジェクトに応じたサポートをしていきます。

 3月に開通した国道17号バイパス(上武道路)沿いに、道の駅をつくる計画を現在進めているのですが、ここでは売り場提供のサポートを用意しています。敷地面積7万m2くらいのかなり大型の道の駅で、物産販売所や地産レストラン、観光案内所、福祉ショップなど様々な施設を設置する予定です。私はここに市民が新たにつくった製品を、ずらりと並べたい。若者がつくったワインとか、障がいのある人が焼いたクッキーとか、おばあちゃんが採ってきた山菜の天ぷらとか、そういうアイテムを500くらい並べたいと思っています。だれでも参加できるステージを用意したいんです。

 この道の駅は、設置する施設の内容に応じて、民間事業者による独立採算型のPFIと公設民営を組み合わせた“複合型”で事業を進めてく方針です。このようなスキームはかなり珍しく、もしかしたら全国で初の事例かもしれません。3月に、計画策定から事業運営までを担う事業者の募集を開始しました。2020年の開業を予定しています。

(写真:清水盟貴)
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高齢者でも暮らしやすい市街地につくり変える

――“民”の力と言えば、2015年度からスタートした「前橋市市街地総合再生計画」でも、「民間主導型の開発」を基本方針に掲げています。計画の具体的な内容を教えてください。

 民間による再開発を促進してまち並みを整備するとともに、医療や福祉、商業、住居などの市民生活に必要な都市機能を中心部に集め、コンパクトシティを実現しようというものです。地方都市の共通の課題として、当市でも前橋駅前を中心とする市街地の空洞化が進んでいます。人口が減少し、閉鎖したビルや空き家、駐車場が目立つようになりました。コンパクトシティ化により、高齢者でも暮らしやすい市街地につくり変えることで、定住人口を増やしていきたいと考えています。

――どのように民間の投資を呼び込むのでしょう。

 市中心部の約140ヘクタールを市街地総合再生計画区域に、そのうちの約71ヘクタールを重点施策区域に定め、再開発事業の補助対象となる要件を緩和しました。例えば都市再開発法に基づく再開発事業の場合、これまでは5000m2以上の土地面積が必要でした。しかし重点施策区域内であれば、1000m2から認められるようにしました。また住宅の附置義務を緩和し、店舗ビルやオフィスビルも建てられるようにしました。

再開発事業の要件(資料:前橋市)
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――再開発によりまち並みや景観が乱雑にならないように、何か対策を講じていますか。

 再生計画では、重点施策区域を9つのゾーンに分け、各ゾーンの特性に応じた整備方針を定めています。例えば前橋駅から県庁へと向かう道路は、けやき並木が伸びるまちのシンボルストリートです。建築物のファサードデザインを誘導し、けやき並木と調和する明るく魅力的な都市景観にします。

 なかでも駅前に伸びるけやき並木通りは、市の表玄関となる場所です。私はここを、ありがちな「居酒屋チェーンや消費者ローンの看板だらけ」という光景にはしたくありません。前橋の良さは、駅を降り立つとけやき並木が出迎えてくれるところ。プロムナード性を高め、ウィンドウショッピングを楽しんだり、カフェテラスでくつろいだりできるような、魅力的な空間をつくっていきたいと考えています。

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市街地総合再生計画では、重点施策区域を9つのゾーンに分けて整備(前橋市の資料を編集部で一部加工)
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――再生計画の進ちょく状況はいかがでしょう。

 複数の計画が進行中です。2016年2月には、再生計画に基づく第1号事業として、賃貸マンションの「ケヤキテラス」が完成しました。17年3月には街の中心部の広瀬川沿いに、店舗5区画や多目的ホールを併設した総戸数120の分譲マンション「シティテラス前橋広瀬川」を住友不動産が着工しています。

 なかでも大規模なのが「JR前橋駅北口地区再開発事業」です。市や民間事業者など3者の所有する駅前の土地約4000m2に、駅前のランドマークとなるような地上26階地下1階建て、延べ床面積約2万8000m2の複合ビルを建設します。応募2社のなかからデベロッパーの大京が優先交渉権者に決定しました。マンションやサービス付き高齢者向け住宅、特別養護老人ホームなどの住居を中心とし、低層部には店舗や公共施設、交流広場なども備えた複合ビルです。減少傾向にある市街地の定住人口の増加につながると期待しています。

駅前のけやき並木通り沿いに立つケヤキテラス(表町2-18-1)。1階は店舗、2階以上は戸数12のファミリー向け賃貸マンション。地元企業と個人の4者が開発した(写真:前橋市)
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JR前橋駅北口地区再開発事業の完成予想図。分譲マンション:128戸、サービス付高齢者向け住宅:80戸、特別養護老人ホーム:72床(ショートステイ10床)、デイサービス、ウェルネス、店舗、公共施設、屋上庭園、交流広場、駐車場:約160台で構成。2020年度竣工予定だ(資料:大京)
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――市街地総合再生計画では、商業施設などを低層階へ誘導する方針を掲げています。しかし商業施設の郊外化が進み、市街地が空洞化している現状で、誘致が進むでしょうか。

 郊外へ移転したスーパーマーケットを、再び市街地に呼び戻そうと考えているわけではありません。イメージしているのは、市民が企画・運営するカフェやレストラン、物販店などです。前橋ビジョンで提案された飲食プロジェクトなどは、まさにそのイメージですね。

 目指しているのは、東京圏の都会のような都市ではなく、米国のポートランド*のような都市です。要するに暮らしやすいまちですね。東京のスピード感に合わない人たちが、移住の対象として来てくれるような、そういう環境づくりがしたいのです。

* オレゴン州の北西部の都市。環境に優しく、公共交通機関や自転車で移動しやすいまちづくりを進めている。全米で最も住みやすいまちとしてメディアにもしばしば取り上げられる。
山本 龍(やまもと ・りゅう)
前橋市長
山本 龍(やまもと ・りゅう) 1959年7月生まれ。前橋市立第三中学校、群馬県立前橋高等学校、早稲田大学商学部卒業。小渕恵三代議士秘書を経て、1995年群馬県議会議員に初当選。2007年群馬県知事選に出馬するが落選。2009年群馬県議会議員に再選。2012年2月前橋市長に就任。現在2期目。(写真:清水盟貴)

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