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「聖地巡礼」成功の決め手は、若い人に響くSNSの徹底活用

アニメ「君の名は。」ブームを地域活性につなげる――飛騨市長 都竹淳也氏に聞く

聞き手:麓幸子=日経BP総研マーケティング戦略研究所長・執行役員、構成・文=新田嘉人【2017.4.11】

記録的な大ヒットとなっているアニメ映画「君の名は。」の一部モデルになった岐阜県飛騨市。公開から半年が過ぎた今も映画に登場したスポットを訪ねる「聖地巡礼」の観光客が絶えることなく足を運んでいる。その成功のポイントと「君の名は。」ブームの今後の展開について都竹市長に聞いた。

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(写真:特記以外すべて山岸政仁)

――2016年8月下旬の映画「君の名は。」の公開後、すぐに飛騨市はモデル地としてファンから注目されました。映画の中で取り上げられた飛騨古川駅や気多若宮神社などに多くの観光客が訪れ、その様子がテレビや新聞でもたびたび報道されました。それだけ早めにプロモーション活動にも取り組んでいたのでしょうか。

 映画に関する情報は、2016年7月上旬に行われた全国一斉試写会までストーリーはもちろん、飛騨市のどこがどんなシーンで使われるのかもほとんど分からず、ただ単に飛騨市が取り上げられるということぐらいしか把握できていませんでした。試写会も飛騨市には映画館もなかったので、富山市内の映画館まで観光課の職員を向かわせて、まず映画の情報収集にあたるような随分のんびりした雰囲気でした。

 ただ、普段は冷静な職員が試写会から戻ってくるなり、「飛騨の風景がすごくきれいに描かれていて、とても素晴らしい内容の映画だった」と興奮気味にみんなに話す姿を見て、今から振り返ってみると、他の観光課の職員とともにこの映画のヒットを予感した瞬間だったともいえます。本当にそこからですね。「飛騨市のPRのためにできることから始めよう」と職員と一緒に知恵を絞りながら取り組むことになったのは。

――具体的に職員はどのようなことをされたのですか。

 一番頭を悩ませられたのはお金の問題でした。すでに観光課で使える年間の予算は決まっていて、9月の補正予算を申請して待っていたらとても映画の公開には間に合いません。ですから限られた予算とわずか1カ月程度というタイムリミットの中で、自分たちでできることから、それこそクチコミ効果を一番に考えながら、自分の身の周りにいる人に声掛けするような小さなことから着手することにしました。

 例えば、飛騨古川駅の待合室に映画で取り上げられた飛騨牛のマスコットキャラクター「ひだくろ」のボードを置いたり、飛騨市民の意識や気分を盛り上げるため市内各所に掲示するポスターを業者と話し合いを重ねながら少ない予算で制作したり。これらは私の指示を待つことなく、職員が積極的に動いてくれたので公開前にはほぼ万全の状態で準備することができました。

 一番大きな効果があったのは、ツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどSNSを活用した情報発信です。

 7月中旬ごろからネット上で「君の名は。」の舞台がどこなのか、ファンの間で聖地探しが話題になっている情報をキャッチすると、中でも一番SNSで影響力のあるキーパーソンを割り出し、その人物に関心を持ってもらえるような情報を観光課の若手職員がこまめに投稿し続けました。この作戦が見事にはまり、公開直前のお盆ごろには、飛騨市が舞台になっているアニメ映画という情報がSNSで一気にファンの間で拡散していました。

「体験する観光」から「撮る観光」へ

――飛騨市図書館の“巡礼客”への柔軟な対応は、SNSでも話題になっていました。

 映画のイメージとして登場している飛騨市役所に隣接する飛騨市図書館では、館内の写真撮影の対応がファンから圧倒的な支持を受け、マスコミでも大きく取り上げられました。

 公立の図書館ですから、通常ならば「館内は他のお客様のご迷惑になるので、写真撮影はご遠慮ください」と貼り紙をするのが一般的な対応かもしれません。しかし、飛騨市図書館では、職員たちで話し合い、受付に申し出て許可書をうけとれば、誰でも館内を自由に撮影できるようにしたのです。さらに「SNSに撮影した写真を投稿する際は、ぜひとも飛騨市図書館に来たよと書いてください」と貼り紙をしたところ、さらにファンの関心を集めるようになり、図書館のリツイート数も1万3000件を突破しました。このリツイート数は閲覧回数に換算すれば、ざっと100万ビューにもなるので、想像以上に大きな効果をもたらしたことになります。実際、その後テレビや新聞、ラジオ、雑誌など立て続けに飛騨市がメディアに取り上げられたのは、やはりこの数字の果たした役割がとても大きかったと思っています。

飛騨市図書館では管内の撮影をOKにしたことでSNSに投稿が急増。大きな効果をもたらした。館内には専用コーナーが登場。
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訪問者が熱い思いをノートやカードに書いていた

――市長も就任以来、飛騨市の観光PRにおいて、SNSの情報発信にも随分力を入れているそうですね。

 若手職員や図書館の職員の情報発信とその効果に私自身も大いに刺激を受けました。映画の中で取り上げられていたバス停の標識が路線バスの運行廃止とともに撤去されているのに気づけば、その職員が探し出し、映画と同じ場所に設置したことをSNSで報告しました。すると「飛騨市長、神対応」といったリツイートがあっという間に3000件にも達し、この時、あらためてSNSの影響力の大きさを思い知らされたのです。と同時に観光のスタイルが「見る観光」から「体験する観光」へ、さらに今は「体験する観光」から「撮る観光」へ変わってきていることも実感しました。

 聖地巡礼者の旅行の目的は、ただ単に映画のシーンを見るために現地に来るのではなく、主人公に思いを馳せながら作品の追体験をしたいんだということにも気づかされました。そこで自分たちはその環境整備に取り組むべきだと確信したのです。

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バス停の標識を映画と同じ場所に設置したことをSNSで報告。すると「飛騨市長、神対応」といったリツイートがあっという間広がった。中にもノートが

「聖地巡礼」の行動には、できるだけ介入しない

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――追体験の環境整備とは、具体的にいえばどのようなことになりますか。

 聖地巡礼者はそれぞれ自分なりのストーリーを持って行動しているので、「ここがあの映画のスポットです」といった押しつけ型の情報提供は極力控え、できるだけこちらからは訪問客に介入しないように配慮したのです。その結果、道に迷う人も出てきたりしましたが、そこで地元の人と訪問客の交流が生まれ、車で送迎してもらったり、次の電車の待ち時間まで一緒にお茶したりと。昨年10月ごろには、地元の人の間でもたびたび聖地巡礼者との心と心が通ったエピソードが話題に取り上げられるようになっていました。こうした体験もSNSで聖地巡礼者から発信されることで、飛騨市の人々の温かい人柄やもてなし力にも注目が集まり、次のファンを飛騨市に呼び込むことにつながったと思っています。

 聖地巡礼者と地元との交流の深まりは、サービスにも形となって現れ、私自身も驚かされたことがあります。それは飛騨市の商店の中で、映画の半券を持ってきた人を特典の対象としていたお店が、途中から「映画を観た」と伝えるだけでプレゼントを渡すように条件を緩和したことです。このように補助金に頼るわけでもなく、飛騨市民の自主的な取り組みがより一層ファンにこの飛騨市を好きになってもらい、強く支持されるようになった一因だと思っています。さらにファンの満足度をアップさせるだけでなく、地元の他の商店や人々の「よし!自分たちも何かやるぞ」という気持ちを押し上げ、飛騨市全体のもてなし力をブラッシュアップさせた点も見逃せません。

 市内にあるさくら物産館は、映画でも重要なアイテムとして何度も登場する組みひも作り体験ができるスポットとして人気を集めています。ここでは聖地巡礼者同士の交流が生まれたり、体験中のスタッフとの会話がきっかけとなったり、リピーターが多く訪れる場所にもなっています。本来ならば1~2月は、雪も多く、観光客もほとんどいない時期なのですが、わざわざおみやげを持参してさくら物産館のスタッフに「念願だった店長になることができました」「彼女ができました」といった近況を報告するリピーターが後を絶たず、おかげさまで飛騨市のこの冬はかつてない活気に満ちています。

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市内にあるさくら物産館は、組みひも作り体験ができるスポットとして人気。聖地巡礼者同士の交流が生まれたり、体験中のスタッフ(下)との会話がきっかけとなったり、リピーターが多く訪れる場所にもなっている。若い男性客が多いという

「ぎふアニメ聖地連合」でアニメツーリズム確立を目指す

――映画のロングヒットに加えて、リピーターも多く訪れていることから経済効果もさぞかし大きかったのでは?

 飛騨市美術館で1月上旬から2月中旬まで44日間、実施した映画の制作過程や絵コンテなどを紹介する「君の名は。」展には、当初の予想をはるかに上回る1万人を超える来場者が駆け付けました。そのうち7割以上が県外からの来館者だったと把握しています。映画の公開から昨年12月末までに「君の名は。」の聖地巡礼で飛騨市を訪れた観光客数は、約3万6000人と推定しています。もともと飛騨市は宿泊施設の少ない地域だったものの、飲食店やおみやげ店の売上の推移を見ても着実な成果があったと思っております。

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飛騨市美術館で2017年1月上旬から2月中旬まで「君の名は。」展を開催。当初の予想をはるかに上回る1万人を超える来場者となった

――この「君の名は。」ブームを一過性に終わらせないために考えていることはありますか。

 まず「君の名は。」ブームが飛騨市民に自分たちの住む街の素晴らしさや人の温かさを再認識させてくれたと思っています。ですから飛騨市の観光の魅力にさらに磨きをかけ、こまめな情報発信をこれからも絶え間なく行っていくことが、「君の名は。」ブームだけで終わらせないための重要なポイントなのではないでしょうか。

 どこの自治体も時代ニーズや流行に合わせて、ついどこも同じような一過性の観光PRに走りがちですが、2度、3度と足を運んでもらえる観光地になるには、やはり地道なことですが、人とのふれあいや交流が鍵になると思っています。もちろん、今の時代はソフトに頼るばかりではなく、新しい楽しみ方を提供していくことも大切です。今年2月から来年3まで、「君の名は。」の名シーンをラッピングした高速バスを東京・新宿や名古屋、大阪、岐阜と飛騨を結ぶ4路線で運行します。これからも聖地巡礼者の気持ちに寄り添い、訪問客の気持ちを高めるサービスを提供できるよう努力していきたいと思っています。とりわけ聖地巡礼者は若い人がメインターゲットとなるだけに常に飽きさせないよう待ちの姿勢はできるだけ排除して、少しずつでもこちらから仕掛けていくことが大事です。

(写真:飛騨市提供)
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名シーンをラッピングした高速バスを東京・新宿や名古屋、大阪、岐阜と飛騨を結ぶ4路線で2018年3月まで運行。下は特別賞を受賞した第7回ロケーション・ジャパン大賞の表彰式の様子(写真:飛騨市提供)
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――2017年2月、広域連携による「ぎふアニメ聖地連合」が発足し、都竹市長が初代会長に就任されました。この連合の発足のねらいは何ですか。

 「君の名は。」をはじめ、「ルドルフとイッパイアッテナ」「聲(こえ)の形」など岐阜県内を舞台にしたアニメが続々と近年公開されています。現在、岐阜市内の7市1町(飛騨市、岐阜市、大垣市、多治見市、恵那市、美濃加茂市、下呂市、輪之内町)が新しい地域振興となる「アニメツーリズム」を目指し、連携、情報交換、研究を行っています。

 パンフレットをつくって、のぼりを立てて、ツアーコースをつくるような共同プロモーションの形ではなく、具体的な活動内容としては、作品の追体験ができる観光戦略を分析・研究し、情報を共有していきたいと思っております。「君の名は。」のような成功体験は、職員のやる気とチームの結束力があれば、他の自治体でもそれほどお金をかけずにすぐに実行できるものです。ただし、映画配給会社との権利関係の確認やロイヤリティー料の支払い、情報解禁のタイミングなど我々が勉強不足な点もまだまだ多く、「君の名は。」のプロモーションでもお叱りを受け、その都度学ばせていただきました。こういった点も連合で情報共有し、今後のアニメを活用した地域振興に生かしていきたいと思っております。

「ぎふ アニメ聖地連合」初代会長に。新しい地域振興となる「アニメツーリズム」を目指し、連携、情報交換、研究を行う(写真:飛騨市提供)
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――自治体の役割や公民連携についてどのように考えておられますか。

 自治体は大きなムーブメントをつくることが大事だと思っています。もっと簡単に言えば、市民から見て、常に飛騨市が動いているなと感じてもらえることが自治体の役目なのではないでしょうか。「君の名は。」のプロモーション活動で実感したように市民も楽しませながら飛騨市のPRにどんどん巻き込んでいくことが、これからの地域活性化に必要な要素だと思っています。

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都竹 淳也(つづく・じゅんや)
飛騨市長
1967年3月2日生まれ。89年3月筑波大学第一学群社会学類卒業、同年4月岐阜県庁入庁。2009年商工労働部商工政策課課長補佐、13年健康福祉部地域医療推進課障がい児者医療推進室長など歴任。16年3月に飛騨市長に就任。17年2月に飛騨市や岐阜市、大垣市など岐阜県内の7市1町が加盟する「ぎふアニメ聖地連合」の初代会長に就任。

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