自治体トップが語る

記事一覧

職住を分離、覚悟を持って「脱・シャッター商店街」目指す

大船渡市長 戸田公明氏に聞く

聞き手:黒田 隆明【2017.3.9】

職住を分離した土地区画整理、地代を削減してその分をまちづくり会社の活動資金とするエリアマネジメントの導入――。東日本大震災で大きな津波被害を受けた岩手県大船渡市では、民間のノウハウや活力、資金を導入しながら商業エリア再生に向けた大胆にな動きが進む。同市の戸田市長に、その狙いや思いについて聞いた(関連記事:事例研究・大船渡市)。

(写真:井上 健)
[画像のクリックで拡大表示]

――JR大船渡駅周辺の商業地を復興・再生しようとしたとき、なぜエリアマネジメントの導入を考えたのですか。

 大船渡の中心部であるJR大船渡駅周辺は、もともと商店街が非常に多く集積していた場所で、気仙地域(大船渡市・陸前高田市・住田町)の中心部だったんですね。そこがすっかり津波で被災してしまったため、まったく新たなまちづくりをしなければならなくなった。しかもそれは、少子高齢化で人口が減少していく中でつくっていかなくてはなりません。

 持続性、発展性を確保しながら、多くの人が集まるような魅力と賑わいのあるまちとして再生していくには、道路や上下水道といった基盤整備だけでなく、整備後も地区全体が一体となって様々な取り組みを継続していくことが必要です。そこで、エリアマネジメントの手法を導入することにしました。

――商業エリアとして開発する「津波復興拠点区域」は、災害危険区域に指定されています。

 東日本大震災の最大の教訓は、「津波が来たら逃げる」というのはもちろんそうなのですが、やっぱり「危険なところには住まない」ということです。これが非常に大事だと思っています。

 以前、大船渡駅周辺の中心市街地は、住宅と商店街とが混在していました。復興のために土地区画整理事業を導入して、JR大船渡線のラインより海側は住宅建設を禁止にしました。そうした中で、土地を市に買ってほしいという方々も相当数おられたんです。その土地を市が購入・換地して1カ所にまとめたのが、「津波復興拠点区域」です。この市有地を新たな商業エリアにしようと考えました。

――地元商店の店舗は、まちづくり会社が建てる施設などにテナントとして入居する形になります。

 考え方の根本にあるのは、シャッター商店街にならないようにしたい、ということです。以前、県道沿いに商店街があったのですが、シャッターが相当下りていたんですね。敷地は個人のものでしたから、「うちはシャッターが下りていてもいいや。年金は入ってくるし」というところもあった。けれど、街としてはそれではまずいわけです。ですから、誰がが店をやめるときには別の店と入れ替えることができるイメージを描きながら、このまちの在り方を組み立てていきました。

土地区画整理を行い、「津波復興拠点区域」に商業エリアを集約。まちづくり会社によるエリアマネジメントを導入する(大船渡市の資料を一部編集部で加工)
[画像のクリックで拡大表示]

民間事業者から「エリアマネジメント・パートナー」を公募

――有識者を交えた市のワーキンググループで、エリアマネジメントの導入という方向性が固まりました。そこから具体的な取り組みを進めるために、民間からエリアマネジメント・パートナーを公募しました。やはり行政だけでは難しいという判断でしょうか。

 エリアマネジメントの導入自体、大船渡の行政の中で経験のないことです。まちづくりや商業施設づくりに豊富な実績を持つ民間事業者に協力を得なければ、進めていくのは難しいと考えました。公募で大和リースをエリアマネジメント・パートナーに選定し、地元事業者を対象とした意向調査や勉強会、まちづくり会社の設立準備などに協力してもらいました。

 施設のフロア内の店舗配置、おのおのの店舗がどこに入るかといった調整においても、エリアマネジメント・パートナーのノウハウが生かされました。非常に生々しい調整の場面もあったと思うのですが、うまくまとめていただきました。

 そのほか、エリアの一角に、市で津波防災拠点/津波復興拠点支援の施設を整備するのですが、この施設の構想をまとめるときにも、エリアマネジメント・パートナーのアドバイスを受けています。ここの展示室や多目的室は、様々な市民団体の展示や発表の場として活用していくことになっています。

[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
左は津波防災拠点施設のイメージ。鉄筋コンクリート造3階建てで、いざというときの来街者の避難所にもなる(資料:都市再生機構)。右写真の駅前交通広場(ロータリー部分)の奥に建設する。写真左手にはBRTの大船渡駅が見える(写真:編集部)

――これからの実際のエリアマネジメント活動は、まちづくり会社「キャッセン大船渡」が担うことになります。

 官民連携で設立したキャッセン大船渡は、エリアマネジメントの推進主体となります。2街区、5街区の施設を所有して地元の商業事業者に対してテナントリースをするだけでなく、各商業事業者と共同でイベントを開催したり、景観などの維持管理の調整、地区全体の情報発信も行います。市では地代を下げて、その下げた分を地区の借地人の方々にエリアマネジメントの事業資金として支出していただき、それをまちづくり会社の経営資源にしていくという仕組みもつくりました。

――まずは、シャッター商店街にならない仕組みができました。

 仕組みはつくりましたが、店のシャッターがたくさん下りてしまったときに、入れ替わるテナントが見つからなければ、まちづくり会社は傾いてしまいます。ですから、まちづくり会社は、交代でテナントとして店を構える予備軍の情報を把握しておく、あるいは、インキュベーション施設の中で育てるといったことを行いながら、一番ベストな商店主を引っ張ってくる必要がある。キャッセン大船渡には、そういったセンスが求められると思います。

 一方で、各店舗に入る方々も、震災前の(シャッター商店街の)状況を思い出しながら、新しいお店をつくるのだということで、おのおの思い入れがあると思うんです。その思いを、具体的にお店で反映してもらう。それがまちの競争力としてどう現れてくるのか。これからが楽しみですよね。

今まで通りでは、右肩下がりは避けられない

――ここでの行政の役割は、どのようなものになりますか。

(写真:井上 健)
[画像のクリックで拡大表示]

 この地区おける行政の役割としては、まず地域住民の安全な住環境の整備と、地域のあらゆる資源を生かした産業の振興ということになります。繰り返しになりますが、安全な住環境の整備については、土地区画整理事業の導入で安全な山側に換地を進め、そこに住宅を集積していきます。そして海側については、商業エリアとしての再建を進めているわけです。

 そしてもう1つ、観光などによって市外からの来訪者を呼び込むという役割が行政にはある。大船渡市では、観光ビジョンを新たにつくりました。これが商業エリアに対する側面支援にもなっていくと思っています。

 インバウンドも取り込んでいきたいですね。この近くにはクルーズ客船が停泊する場所があるんです。日本のクルーズ客船が年に数回寄港しているのですが、今後は外国のクルーズ客船にも来てもらおうということで、今、営業をしています。海外の方々にこのエリアに来てもらうことで、東日本大震災から復興した被災地の姿を見せられると思うんです。日本の力を感じていただけるのではないでしょうか。

――新しいことをやろうとするときに、市民からの反発はなかったのですか。

 「市長、これは駄目だよ」「こうした方がいいいよ」といったような電話が掛かってきたりしたことは、なかったですね。まちづくり会社の取り組みなどについてはおそらく、「新しいことをやっているんだろうな」と受け止めていただけているのではないでしょうか。

――市民の人たちも、「新しいことをやるべき」という意識が強いということでしょうか。

 それはあると思います。今まで通りのようなことをやっていたら右肩下がりになるということは、皆さん承知していると思います。というのは、震災前、大船渡の経済の規模は落ちていましたし、それ以上に人口が落ちていた。そういう厳しい時代でした。私が6年ちょっと前に市長になった時、初めての市議会での一般質問で、議員さんからこんなことを言われました。「市長、市民に夢を与えてくれよ」と。

 けれど、夢というのは私が与えるものなのか。昔の首長さんは、トンネルをつくります、道路をつくります、港湾を整備します……という夢を与えられたかもしれません。でも、今はそんな夢は与えられないですよね。私は、夢というのは、関係者がみんなで努力して、その努力の過程の中で見えてくるものだと信じているんですね。ですから私は、市長としての仕事を通じて、皆が夢を見られるようにしていきたいと思っているんです。

 市の復興事業には、市民の方々も期待していると思います。市の中心部で工事が始まり、出来上がるものは出来上がってきた。さて、これからどうなるんだろうということで、みんな期待していると思います。店舗の方々も、苦しんで判断した結果として出店を決めているでしょうから、覚悟を持ってやっていくでしょう。思いがあって、一生懸命やっていこうという方々ばかりですから、きっといいまちになっていくと思っています。

戸田 公明(とだ・きみあき)
大船渡市長
戸田 公明(とだ・きみあき) 1949年5月生まれ。大船渡市立盛小学校、大船渡市立第一中学校、岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学工学部建築学科卒業。1986年米国ボストンにあるハーバード大学へ社命留学。上海営業所長、北京駐在員事務所長、香港営業所長を歴任。その後、医療法人勝久会の専務理事を経て、2010年12月、大船渡市長に就任。現在2期目。

この記事のURL http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/PPP/433746/030700008/