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桂川憲生氏(岐阜県東白川村地域振興課 課長)

佐保圭=フリーライター【2016.8.19】

村役場が住宅をネット販売、地域産業を立て直す【岐阜県東白川村】

 岐阜県東白川村は、「村役場が住宅をインターネットで売る」という仕組みを構築して、衰退した村の建設業(住宅業)を立て直した。この役場主導の事業をつくり上げたのが、東白川村地域振興課の桂川憲生課長だ。そして今年、桂川氏は再びネットを駆使して次なる一手を打とうとしていた。

東白川村地域振興課 桂川憲生課長
1981年4月東白川村役場入庁。99年4月CATV部門担当(構築・番組製作)、2008年4月地域ICT部門担当(地域産業改革)などを経て16年4月より現職(写真:佐保圭)
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 人口約2400人、およそ860世帯(平成28年4月現在)の東白川村は、2002年、300万円近くあった村民の平均所得が、2007年には約200万円と5年で3分の2近くに減少。その理由の1つとして、住宅建設の不振が挙げられる。かつて70棟あった戸建て住宅の年間受注数は、2009年には14棟にまで激減していた。

 しかし現在、東白川村の住宅の年間受注数は、30棟まで回復してきた。この受注の増加を支えているのは、東白川村が運営している木造住宅受注システム「Forestyle(フォレスタイル)」だ。

 桂川氏は、2008年度、2009年度の総務省地域ICT利活用モデル構築事業の開発事業費の約5800万円を使って「Forestyle」を開発し、2009年から運用をスタートした。この工務店と顧客をインターネットで結ぶECサイト「Forestyle」によって東白川村が受注・建設した木造住宅は、岐阜県と愛知県で132棟、東京都で2棟にのぼる(2016年6月現在)。

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東白川村が運営している木造住宅受注システム「Forestyle(フォレスタイル)」のウェブサイト(上)。ゲーム感覚で間取りをつくると建設費用が計算される仕組みも開発した(下)。「役所の運営」ということがネットユーザーからの信用度を高めている(資料:東白川村)
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光ファイバーが役場と村民をつなぐきっかけに

 村役場が住宅を売るようになったのには前段のストーリーがある。桂川氏が役場に入って20年経った42歳のときのことだ。テレビがアナログ放送から地上デジタル放送への移行が始まった。山間部の東白川村ではデジタル電波の受信が困難で、電話やIT環境の整備も含めて、光ファイバーによるケーブルテレビが導入されることになった。導入後、行政情報の告知を中心とした報道番組を村で制作し、放映するようになった。

 番組をつくるかたわら、2003年、桂川氏はケーブルテレビのホームページのなかで、村の産物をネットで販売する取り組みも始めた。「コケ、木材、石……とにかく、村で取れる素材の写真を撮ってサイトにあげ、問い合わせ先を紹介しました」。村が直接販売するわけではなく、提供者を顧客に紹介するB to Bプラットフォーム「天然素材カタログ」は、名古屋高級料亭が装飾用の枝付きの栗やススキの葉を購入したり、寿司屋が皿代わりの朴葉や檜を取り寄せたりするなど、予想以上の実績を上げた。

 すると、2007年頃、ある工務店が「ネットで家も売って、自分たちの仕事も増やしてほしい」と言ってきた。確かに、村の主要産業の総生産は人口減少とほぼ同じかたちで徐々に減少していたが、建設業だけが激しく下がっていた。

東白川村の主要産業の総生産の推移(平成14年を100とした場合)(岐阜県統計より。作成:東白川村)
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 建築材に東白川村のブランド木材「東濃檜」を使った住宅が売れるようになれば、やはり村の主要産業の1つである林業の再生にもつながる可能性もあった。「工務店を立て直せば、木材の需要も増える。村に雇用が生まれ、お年寄りの子どもや孫が帰って来られるかもしれない。それで、悲しんでいるお年寄りを一人でも減らせるなら、リスクをとってもやる価値はある」。そう考えた桂川氏は、注文住宅のネット販売に挑み始めた。

 桂川氏は、この事業で東白川村の東濃檜がリーズナブルな価格であることを広く知ってもらおうと考えた。「1980年頃、村の東濃檜はブランド性もあり1立方メートルあたり12万円でした。しかし現在は村の檜も1万7000円くらい。とてもいい建築材ですが、決して高くはない」(桂川氏)。

東白川村営の木材さばき場。後ろには東濃檜に覆われた山が見える(写真:佐保圭)
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地元の工務店に競争させる

 村役場がネットで家を売るという前例のない取り組みは、最初、役場内でもまったく相手にされなかった。「村にそんなお金はない」と言われた桂川氏は、2008年度、2009年度の総務省地域ICT利活用モデル構築事業の開発事業費の約5800万円を取り付け、課題をクリアした。

 最も苦労した取り組みは「工務店に競争させること」だった。それまで、村の工務店は、昔ながらの古いやり方で仕事を進めていた。村が家を売り、その建築を任されると聞いたとき、村の工務店の多くが順番に仕事を回してもらえるものと思っていた。ところが、桂川氏は入札を求めた。何軒かの工務店は「役場のくせに、俺たちを仲違いさせるつもりか!」と激怒した。しかし、桂川氏は考えを変えなかった。

 ネット販売の世界では競合企業のサービスの価格を比較するのは常識であり、入札でなければ価格競争力を鍛えることはできなかった。競争力を強化しないかぎり、売れたとしてもいつか都会の大手企業に仕事を独占され、地方の工務店は壊滅すると考えたからだ。最初は3社からしか賛同を得られなかったが、根気強く説明を続け、やがて、村内の11社(現在は10社)すべての工務店が参加を決めた。

 こうして、2009年12月、東白川村が主体となって運営する住宅受注システム「フォレスタイル」がオープンした。その後、受注は順調に伸び、フォレスタイルで建築を請け負った村の工務店は約30億円以上を売り上げ、東白川村の2015年の村民総所得は2009年度に比べて16%程度向上した。これらの成果により、2015年3月、東白川村は地域情報化大賞(総務大臣賞)を受賞した。

次なる挑戦、ECモールが6月にオープン

 現在、桂川氏は新たな仕事に取組んでいる。「住宅業が回復すると、次に総生産が低く推移しているのは、卸小売業でした」。かつて村民は主に村の中で買い物をしていたが、道路の整備やネットの普及で購買範囲が広がった結果、村民の村内での購買機会が減ってしまった。そこで桂川氏は、村外の購買者を増やそうと考え、村内の卸小売業のECモールをつくることにした。特産品の白川茶、生鮮野菜や米などの農産物、トマトやリンゴのジュースなどの加工品、檜の薪や檜でつくる神棚など、村のほとんどの店舗の商品を扱うオンラインショップだ。

 この取り組みを実現するには、サイト構築やデータ入力など、かなりの費用が必要だった。東白川村は、2015年度の地方創生加速化交付金およそ4000万円の交付を受けた。

 また、お土産店から豆腐屋まで、すべての店がパソコンを扱えて、クレジットカードで決済できる必要もあった。地域振興課の7人と地域おこし協力隊の3人の合わせて10人が、セミナーや勉強会でECモールとクレジットカード決済の知識とスキルを習得したあと、村じゅうの店舗を回って指導した。パソコンすらなかった高齢者の経営者の店に関しては、マンツーマンで面倒をみた。

 こうして東白川村ECモール「つちのこマルシェ」は、2016年6月29日にオープンした。

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東白川村ECモール「つちのこマルシェ」の画面

「つちのこマルシェ」の本当の狙いはUターン促進

 確かに、売り上げが上がり、卸小売業が持ち直せば、雇用が生まれ、家族と暮らせるお年寄りが増えるかもしれない。ただ、いくらクレジット決済できたからといって、いきなり大きな売り上げが期待できるとは思えない。その点について尋ねると、桂川氏からは意外な答えが返ってきた。「このサイトの狙いは、ものを売ることだけじゃないんです」。

 調べてみると、これまで村で土産品を購入した人の大半が、休暇で実家のおじいちゃん、おばあちゃんのところに帰って来た子どもや孫たちだったという。桂川氏がコア・ターゲットにした「村外の購買者」とは、こうした東白川村の出身者たちだった。

 「東白川村で生まれた30歳から70歳までの人は約4500人います。そのうちの約1000人が村に残っていたとしても、残りの約3500人は全国に散らばっています。その人たちの所在を役場ができるかぎり把握して、雇用情報などの村の情報を送りながら、村とつながり続けてもらい、いつかは村に帰ってきてもらうことが、この取り組みの最大の目的です」

 桂川氏は続ける。「毎日、誰の顔も見ずに生活していた人が、家族としゃべって、笑って、ご飯を食べられるようになったら、すごい幸福じゃないですか。僕たち役場の人間の仕事は、何人そういう村民をつくれるか、村外で暮らす東白川村の出身者が村に帰って来られるように、村にどれだけ仕事をつくれるかっていうことだと思っています」。

役場と桂川氏。「フォレスタイル」の建築受注システムや「つちのこマルシェ」のECサイト構築のノウハウは「ほかの自治体から望まれれば喜んで提供する」という(写真:佐保圭)
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