まちづくりマスター ~切り拓くものたち~

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北川フラム氏(アートディレクター)

石井 和也=日経BPヒット総合研究所【2016.8.1】

地域アートが人をつなぎ、まちをひらく【香川県を中心とした瀬戸内地域】

北川フラム氏 アートディレクター
1946年新潟県生まれ。東京芸術大学卒業。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」のほか、立川市の「ファーレ立川」、新潟市の「にいがた水と土の芸術祭」、大阪府の「水都大阪2009」なども手がける(Photo:Yuki Akiyama)
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 7月18日から夏会期に入った「瀬戸内国際芸術祭2016」。3年に1度のトリエンナーレ形式で行われる現代アートの祭典は、香川県を中心とした瀬戸内地域を大いに盛り上げ、まるで夏祭りのようなにぎわいを創出する。

 芸術祭は、春、夏、秋の3会期に分かれ、34カ国、226組の国内外のアーチストが参加して、直島や小豆島などの12の島やその周辺の11自治体(香川県、高松市、丸亀市、坂出市、観音寺市、三豊市、土庄町、小豆島町、直島町、多度津町、岡山県玉野市)で繰り広げられる。

 日本の原風景の残る瀬戸内の島々に、芸術祭のために制作された現代アートの作品が点在。これを楽しみに訪れた観光客を、地域の人たちと「こえび隊」と名付けられた全国から駆けつけたボランティアサポーターの人たちとが一緒になって、“おもてなし”をする光景が展開される。そこには「過疎に悩む島」という暗いイメージはなく、地域の活性化の成功モデルとしての島々の姿を見ることができる。

 地元で「瀬戸芸(せとげい)」と呼ばれる、この芸術祭の総合ディレクターが、北川フラム氏だ。実は2000年に始まり、昨年の第5回目を成功させた新潟県十日町市・津南町開催の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 」も総合ディレクターを務めている。第3回目から越後妻有の総合プロデューサーを引き受ける福武財団の福武總一郎氏から声を掛けられ、香川県庁の職員と勉強会を開くなかで、瀬戸芸を手がけることになった。

「アート」と「旅」が現場に人を呼ぶ

 「海の持つ豊かさ、島の持つ自在さに注視し、海と島の生活に誇りを持てるように、島の持つ課題に住民が立ち向かえるように手伝いたい」(北川氏)という思いで始めたものだ。北川氏がそれぞれの島の場所柄や資源、歴史を明らかにし、孤立しがちな島の人たちを他の地域の人たちとをつなぐ仕掛けとして用いたのが「現代アート」だった。

 「アートは、写真ではなかなか伝わらないので、現場に人を呼ぶ力になる。また広域で展開するので作品を訪ね歩きながら地域や島の本当の特徴を知ることもできる」と北川氏。

 野外を中心とした広域型の芸術祭というのが瀬戸芸の大きな強みだ。同じ地域アートと言っても、たくさんの現代アート作品を一度に鑑賞できる都市型の芸術祭と違い、瀬戸内のような野外を中心とした広域型の芸術祭は、旅の要素が強い。里山や島の自然も含めてアート作品となっており、海を渡り島を巡る楽しみがある。「アートを道しるべに里山や島をめぐる旅のスタイルの発見が現在のブームを作り出すことになった」(北川氏)。

地域のおじいちゃん、おばあちゃんを笑顔にしていく

 瀬戸芸の作品制作は、国内外の有名アーチストが、集落に入り込み、住民にあいさつをするところからが始まる。しかし、最初から簡単に島には溶け込めたわけではない。芸術祭も回数を重ねるごとに、アーチストやそれを手伝うこえび隊のボランティアサポーターたちも地域に受け入れられるようになり、逆に地域の人たちが差し入れをしたり、手伝ったりするような関係性が生まれてくる。そして、一緒に作ったということで作品に愛着が生まれ、積極的に芸術祭に参加するようになり、アーチストやこえび隊の隊員たちとつながり、島の人たちの孤立感は緩和されていった。

 「地域、世代、ジャンルの違う人たちが関わることで何かが生まれてくる。3年に1度のお祭りで、地域のおじいちゃん、おばあちゃんを笑顔にしていく」と北川氏。島や地域、住民の活力を取り戻すこと。これが瀬戸芸や越後妻有で北川氏が進めてきたまちづくりのテーマでもある。

 このボランティアサポーターという、心強いファンの存在が芸術祭には欠かせない存在。「芸術祭では、大都市圏や海外からの大量のボランティアサポーターが芸術祭の大きな力になっており、地域の閉鎖性に穴をあけてくれた。地域だけでなく、都市も限界なのは明らかで、地域は都市から人を呼び込み、都市は自分の居場所を求め、田舎や里山、里海に関わり持ちたい。都市と地方の間でギブアンドテイクの関係ができ始めている」と北川氏は見ている。

 作品制作にあたったこえび隊は、春会期だけで延べ600人近くを数え、ほかに多くの住民も関わっている。

スナッフパペッツ「瀬戸内の巨大パペッツ」。本島と沙弥島で春に上演された(Photo:Shinrato Miyawaki)
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切腹ピストルズ「せっぷくぴすとるず神出鬼没船」。船を仕立てあちらこちらの島々を訪問する(Photo:Shintaro Miyawaki)
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芸術祭持続の前提は、クオリティーの担保

 瀬戸芸は2013年に、延べ100万人を超える来場者*を集め、北川氏の手腕がこれまで以上に評価された。2016年の春会期も25万4000人を動員し、前回同様の好調な滑り出しを見せている。また特徴的なのが、外国人比率が2013年の2~3%から13%前後に急拡大したところ。政府が進める「地方創生」のモデルであるだけでなく、「インバウンド」も含めた「観光立国」のモデルとしても注目される。

 地域外から人を呼び込み、地域の人を元気にする。北川氏のアートによる独特のまちづくりは、国内外で大きな関心を呼び、美術関係者や自治体などの視察も多い。

* 来場者数は、各島において集落のバランスなどに配慮して基準施設(40カ所)を設け、その合計来場者数をその島の来場者数として集計した数値。実来場者数については、日本政策投資銀行と瀬戸内国際芸術祭実行委員会では30万人と推計している。

「特に北京、上海、香港、台北など、文化によるまちづくりに力を入れているアジアの国からの芸術祭へのアプローチも増えている」と北川氏 Photo:Yuki Akiyama)
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 現在、アートを核にした地域活性化の取り組みは全国で大小合わせて、数百とも数千とも言われている。自治体が主催あるいはサポートする大規模な地域アートも活況で、瀬戸芸以降も「あいちトリエンナーレ2016」「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」「さいたまトリエンナーレ2016」「岡山芸術交流 Okayama Art Summit 2016」などが開催され、1年中、日本のどこかで現代アートの祭典が見られる状況になっている。

 ただ、地域アートの取り組みが増えるにつれ、同じようなアーチストが出ている、アーチストによるイベント頼みのところも多い、といった批判も聞かれるようになってきた。また、地域アートが語られるときに作品の質を問題視する批評家もいる。若手現代美術作家の発表の場となることもあって、比較的低予算で開催されるアートプロジェクトも少なくないからだ。

 こうした批判に対する北川氏の答えは、いたってシンプルだ。「芸術祭を成功させるためには、作品のクオリティーの高さが重要」(北川氏)というわけだ。

 瀬戸内には、まず、福武財団が運営し、モネの大作を展示する地中美術館や、著名な現代アートを所蔵するベネッセハウスミュージアムなど、ベースとなる作品があるのも大きい。さらに毎回、著名なアーチスト招請・作品制作のために多くの資金を投じている。

 「ほかの芸術祭は、国や自治体からの助成金などの予算内でやるところが多いが、越後妻有や瀬戸内では、入場料収入やさまざまなファンドを利用して、十分な予算規模を確保できているのが大きい」と北川氏は話す。「IT企業の創業者たちも瀬戸芸はおしゃれだからということで相当数、応援団として関わり始め、三越伊勢丹や三井不動産などの大手も入場者の半分が20~30代の女性ということから芸術祭を後押しするなど、追い風が吹いている。例えば伊勢丹では新宿本店の入り口のショーケースに瀬戸芸の情報をディスプレーしてプロモーションの協力をするなどの新しい動きが起こっている。

 今回の瀬戸芸の支出は約12億円だが、収入は香川県や関係市町で約4億3000万円、補助金・助成金が約1億1500万円を確保。それ以外に福武財団から1億9000万円の負担金、ほかの企業などからの寄付金・協賛金が1億4000万円あり、チケット・グッズ販売で2億7500万円を見込めるので、4億円近い作品制作費をかけることができる。

 また、成功するためには、自治体の本気度も重要という。「香川県はうどん県同様、アート県として、越後妻有の十日町も、芸術祭の里であることを政策の中心に置いて地域活性化を進めている。自治体の首長が主導して、ともに汗をかいて手間をかけないといいものはできない」と北川氏。

 今回の瀬戸芸では、「食こそすべての文化芸術のもとである」というコンセプトで地域の食材を活かした食の提供するために「食プロジェクト」を立ち上げている。事前に「瀬戸内『食』のフラム塾」という講座を開いて、島の食の担い手を育成することまで手を広げている。地域の食材や郷土料理の内容、おもてなしの心得などを塾生たちは学んで、会期中に島ごとの食を味わえる店が用意された。

 「芸術祭を継続するため、地域づくりのためには、アートを持ち込むだけではだめで、宿をやったり、食をやったり、いろいろやれることは多い」と北川氏は話す。

 前回、2013年の瀬戸芸の経済波及効果は132億円(日本政策投資銀行と瀬戸内国際芸術祭実行委員会が共同で作成した推計)。芸術祭を続けることで、外から人々が観光客、サポーターとして集まり、交流人口が増加して地域経済も潤う。例えば男木島では、芸術祭をきっかけに移住が増えて、2014年に小・中学校が、2016年には保育所が再開された。まちが芸術祭で活気を取り戻すことで、UIターンも着実に増えている。

ワン・ウェンチー(王文志)「オリーブの夢」。小豆島で展示されている(Photo:Yasushi Ichikawa)
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瀬戸内国際芸術祭2016

  • 【会期】
    春:3月20日~4月17日・29日間
    夏:7月18日~9月4日・49日間
    秋:10月8日~11月6日・30日間
  • 【会場】
    直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、 沙弥島(春会期)、本島(秋会期)、高見島(秋会期)、粟島(秋会期)、伊吹島(秋会期)、 高松港周辺、宇野港周辺
  • 【主催】
    瀬戸内国際芸術祭実行委員会
    会長:浜田恵造(香川県知事)、総合プロデューサー:福武總一郎(公益財団法人福武財団理事長)、総合ディレクター:北川フラム(アートディレクター)
  • 【公式サイト】
    http://setouchi-artfest.jp

■訂正履歴
初出時、北川氏のプロフィール内の「立川フォーレ」は「ファーレ立川」の、本文3ページ目「伊勢丹や三井不動産などの」は「三越伊勢丹や三井不動産などの」の誤りでした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。 [2016/8/5 18:00]

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