麓幸子の「地方を変える女性に会いに行く!」

記事一覧

引きこもりの若者支援をまちづくりにつなげる

Vol.05 菊池まゆみさん(社会福祉法人藤里町社会福祉協議会会長)

聞き手:麓幸子=日経BPヒット総合研究所・執行役員、取材&文:吉田新一【2016.9.12】

藤里町は秋田県北部に位置する人口3600人余、高齢化率42%強の過疎の町である。その町のひきこもり支援の取り組み(引きこもり者及び長期不就労者及び在宅障害者等支援事業)が大きな成果を上げ、注目されている。けん引しているのは藤里町社会福祉協議会会長の菊池まゆみさんだ。5年がかりで福祉の拠点「こみっと」を開設、若者の居場所と社会復帰の足掛かりをつくった。現在、支援を受けた若者の多くが自立して町を支える存在となっている。高齢化する過疎の町で、この若者パワーは大きい。「支援が必要な人も支援されっぱなしではなく支援する側にもなれる。その可能性を生かすことが地域づくりにもつながる」と語る菊池さんが掲げるのは、「福祉のまちづくり」ではなく「福祉でまちづくり」だ。

菊池まゆみ(きくち・まゆみ)
1990年藤里町社会福祉協議会入社。2002年同事務局長。14年同常務理事兼上席事務局長。15年同会長兼上席事務局長。社会福祉士、精神保健福祉士、主任介護支援専門員の資格を持つ。藤里町の取り組みをまとめた『ひきこもり町おこしに発つ』(藤里町社会福祉協議会・秋田魁新報社共同編集)が12年に刊行されて話題に。その後、NHK「クローズアップ東北」「おはよう日本」「クローズアップ現代」、日本テレビ「ニュースゼロ」、秋田魁新報、毎日新聞、共同通信、福祉新聞、公明新聞などで、ひきこもり者等支援事業の取り組みが取り上げられている。12年秋田県社会福祉協議会会長表彰。同年全国社会福祉協議会会長表彰。13年日本地域福祉学会地域福祉優秀実践賞。14年エイボン女性年度賞。主な著書『「藤里方式」が止まらない』(萌書房)(写真:鈴木愛子)
[画像のクリックで拡大表示]

地域で暮らす人を「支援する人・される人」に分けることに違和感

――藤里町社会福祉協議会(以下、社福協)には、どういうご縁で入られたのですか。

菊池:福祉の世界に足を踏み入れたのは、ほとんど偶然でした。東京で普通に専業主婦をしていましたが、父が亡くなったのを機に一家で帰郷し、たまたま社福協で職員を募集しているのを知って応募したのが始まりでした。1990年のことです。福祉に関心があって入ったわけではありませんでした。

 福祉については限りなく素人でしたが、素人ながらに現場で感じていたのは地域で暮らす方々を「支援する人・支援される人」という分けることへの違和感でした。強い人が弱い人を助けるという構図が、私の中ではなじめませんでした。支援される人とカテゴライズされた方々は、地域の中で全てにおいて劣る人ではないのです。例えば、一人暮らし高齢者の方々は、一人暮らしの不便さはあっても365日支援が必要なわけではないだろうとも感じていました。「自分だったら、そんな福祉は受けたくないなあ」と。

――社会福祉の分野にはストレングスモデル(その人が元来持っている強さや力を引き出し、活用していくケースマネジメントの理論・実践=注)という考え方がありますね。それを学んだときにとても新鮮でした。現場ではそれがなかったということでしょうか。

菊池:地域福祉の教本には「サービスは利用者本位です」「福祉は自己実現のために頑張っている人を応援します」とは書いていますが、「弱者をいたわりましょう」という文言はどこに出てきません。

 ところが、現実には、強い人が弱い人を助けましょう、弱い人をいたわりましょうという構図になっている。その人が本来持っている力を引き出すストレングスモデルは理想ですとされながら、現場に定着していないと感じていました。福祉は美談で語られることが多いけれど、美談で福祉を実践しても長続きしないということは、現場でずっと感じていました。

注:ソーシャルワークの実践モデルの1つ。「ストレングスモデル」とはクライエント(サービスや援助を受ける利用者)の主体性を重視し、その人の持つ強さや能力に焦点を当てようとするモデルであり、80年代後半から提唱されている。そのほか、クライエントを(問題を抱える)対象としてとらえ、クライエントが抱える問題や課題、病気に焦点を当てる「治療モデル」や、人と環境の相互作用に焦点を当てて環境や関係性を重視する「生活モデル」などがある。

――社福協の基本姿勢について教えてください。

菊池:事務局長になった翌年の2003年、町民1000人を対象に意識調査を行いました。当時、社福協が展開していた50の事業すべてに点数を付けてもらうという趣旨です。同時に30人ほどを抽出して聞き取り調査も実施しました。反応はおおむね薄かったんですが、「あなたが地域活動をしている中で社福協が応援できることはありますか」と尋ねた途端に目がパッと輝くんです。「町内運動会の役員をやっているが、何か手伝ってくれるのか」とか。

 そこで気付いたのは、自分たちに関係のない事業には反対も賛成もしないけれど、少しでも関係のある事業には関心を寄せてくれるという当たり前のことでした。社福協は自社事業を充実させることではなく、地域のために頑張っている人を応援するということを第一義に考えるべきだと思うようになりました。

「自分の役割がなければ居場所ではない」という視点の重要性

(写真:鈴木愛子)

――引きこもりの人に対する支援は、社福協の取り組みとしては全国でも画期的です。その前史について、お聞かせください。

菊池:ひきこもり問題というより、少しの失敗やつまずきで普通のラインから外れて戻れないと感じている若者、戻り方が分からずにいる若者が多いように感じていたのです。ケアマネとして家庭訪問をしていると、実感として分かります。私にはその状態を、いわゆる引きこもりというのかどうかよく分かりませんでしたが、詳しく話を聞くと、所属するところがなくて支援をほしがっているということが見えてきました。

 引きこもりの人に対する支援は、精神疾患などの医療的アプローチの範ちゅうにくくられることが常識でしたが、一方で地域社会に出ていくための福祉的な支援が必要な人が現にいたことも事実です。ただ私には、そういう人が引きこもりなのかどうかは分かりませんでした。

――引きこもりの実態調査は詳細かつ丁寧ですね。

菊池:社福協は民間の事業体でありながら、活動は税金が原資です。本当に必要な事業なのか、必要としているのはどのぐらいいるのか、どういう人が必要としているのかを明確にしなければなりません。ニーズに沿わない支援が長続きするはずはありません。調査をしっかりやった上で事業を組んでいくことが基本だと思います。聞き取りも含め、そうした姿勢で取り組んできました。

――菊池さんの近著「『藤里方式』が止まらない」(萌書房)には、引きこもりの人に「頑張って外へ出てみようよ」と声を掛けたのに対し「いったい、どこへ?」と返され、戸惑ったというやりとりがつづられています。

菊池:居場所がない、だったらつくろうというのが「こみっと」設立の原点でしたが、それ以前にはレクリエーションを企画して、参加してもらおうというぐらいにしか考えていませんでした。

 自分の役割がなければそれは居場所ではないという視点は重要だと思います。「いったい、どこへ?」と聞かれ、デイサービスでのボランティアや一人暮らしのお年寄りとの交流会に誘ってみたのですが、何と若い人がぞろぞろと出てきてくれたんです。それどころか、社福協の採用面接にも現れたのです。

 ただ、所属するところがないという状態が5年、10年と続いている人は、引きこもりの期間とそうでない期間を繰り返しているケースが少なくありません。自暴自棄になって家から一歩も出ていない時期もあれば、外に出ようと頑張っている時期もあります。「最近あの人はよく外出している。だからもう大丈夫」と考えるのは危険です。

――福祉の拠点「こみっと」のコンセプトは支援する人もされる人も共に集える居場所づくりですね。開設に当たって、周りの見る目はどうでしたか。

菊池:お手本のない新しい事業でしたから、いろいろ言われたりもしました。「なぜ福祉が引きこもりの人を支援するのか」とか「専門家でもない社福協が本当に支援できるのか」とか。「そもそもこの町には引きこもりの人がいるはずがない」というお叱りも受けましたし、お年寄りの中にはなかなか引きこもりという状態を理解してもらえず、彼らを「救いようのない怠け者」と言う人もいました。ただ、私自身はこの地域で「こみっと」が必要とされる支援事業だという確信がありました。「劣る人」を支援する場は福祉にもありましたが、活躍の場を失ったという人や社会的経験の少ない人を支援する場はありませんでしたから。

 オープンしてからも大変でした。メディアに取り上げられたことで、地元出身の首都圏在住者から「恥ずかしいからやめてくれ」と言われました。ただ途中でやめるわけにはいかないとも思いました。やめてしまったら頑張って外に出てきてくれた彼らに申し訳ない。ひきこもり状態だったことは恥ではないと胸を張ってほしいと、だから踏ん張りました。今では彼らに対する町民のイメージもだいぶ変わりました。

――支援が必要な人はこみっとに登録し、お食事処で働いたり、地域から依頼される仕事を請け負ったり、支援を受けながら様々な役割を担っています。現役登録生にも話を聞きましたが、「単にここがレクリエーションの場だったら来ていないと思う」と口をそろえていました。お金をもらえる仕事や誰かに役に立っているという実感が大切なんですね。

県の旧ダム発電所の跡地と建物を有効利用。600m2の鉄筋コンクリート2階建ての事務所は福祉の拠点「こみっと」に。300m2の木造2階建ては宿泊棟「くまげら館」になった。土地、建物は藤里町が買い取り社福協に貸与。改修費、維持管理費は社福協が持つ(写真:鈴木愛子)
「こみっと」のコンセプトは、支援する人も支援される人も共に集える居場所づくり。お食事処「こみっと」はお客が次々とやってくる。こみっと登録生たちが調理し、食事を運ぶ(写真:鈴木愛子)
「こみっとうどん」や「白神まいたけキッシュ」など名物も誕生した。登録生たちが調理している(写真:鈴木愛子)

間口を広げ、「所属する場所がない人たち」を支援

――引きこもり等支援の実態は著書『ひきこもり町おこしに発つ』『「藤里方式」が止まらない』に詳しく書かれています。地域の支援のニーズを汲み取り、社会資源を活用して支援する、その支援がなければ新たに社会資源を開発する――まさに菊池さんが実践したことはソーシャルワークのお手本ですが、こみっと開設以来、どういう成果が出ていますか。

菊池:数字で紹介するのが分かりやすいでしょう。開設した2010年度時点での調査(戸別訪問)では、113人の方が長期不就労などによる引きこもり状態であることが分かりました。その方々が14年度末になると25人、77%余りも激減していました。こみっとによる直接的・間接的な支援を受け、多くの方が自立できたことを意味します。今、こみっとに残っている人の多くは開設初年度組。すっかり居心地が良くなったと思いますが、私たちにすれば、いたわりすぎたことで自立の機会を妨げてしまったという反省もあります。

(写真:鈴木愛子)
[画像のクリックで拡大表示]

 一方、社福協がこみっとの支援活動について情報提供するために戸別訪問した人はこの年、166人(実数)いたのですが、内訳を見ると99人が引きこもり歴ゼロでした。こみっとの活動が認知され、就職が決まっていない卒業間近の高校生や、会社が倒産して失業したばかりだという人たちからの問い合わせが増えてきたことによるものです。

 さらに私たちが驚いたのは「不明」にくくっている31人です。どういう方たちかというと、その多くは、仕事はあるけれど、就労の形態が短期間で不安定という層です。引きこもりの人たちへの支援から始まったこみっとが、様々な方たちとつながり、どんどん違う形に発展しているということが分かっていただけるかと思います。

――支援の対象が変わってきたということでしょうか。

菊池:こみっとの支援を求めている人は、所属する場所がない人たちです。私たちも最初は引きこもりかどうかを支援対象の前提として考えていましたが、「あなたは引きこもりさんですか」と聞いても、多くの場合は否定されますし、そもそも引きこもりの定義自体が各自の解釈で大きく違います。そうなると、支援の網から漏れてしまいかねません。所属先のない人への支援ということに間口を広げれば、本当は引きこもっている人も紛れて出てきやすいのではないかということに思い至りました。こみっとの支援事業の正式名を「引きこもり者及び長期不就労者及び在宅障害者等支援事業」としているのも、そうしたこだわりからです。

弱者でも担える地方創生を

――地方創生加速化交付金の配分対象に、社福協が主導する「町民すべてが生涯現役を目指せるシステムづくり事業」が選ばれました。

菊池:老いも若きも、障害があってもなくても、まちづくりに取り組もうという意思さえあれば誰でも参加できるという仕組みです。

 柱の一つは、住民に就労や地域活動の機会を提供することを目的にした登録制の「プラチナバンク」の創設です。収入、就業時間、やる気、経験をそれぞれ5段階に区分し、希望に沿った働き方を提示します。高齢化が進み、人口減少にも歯止めが掛からない町の現状を考えますと、高齢者をどうやって支えていくかという発想では立ち行きません。「生涯現役」を希望するすべての人が活躍していける環境づくりを目指しています。仕事づくりの拠点は、改修中の町の農村環境改善センター。町有地でのワラビ栽培など、農産物の特産化を図って売り出していくことも考えています。

 若者支援事業については、若い人が住みやすいと思えるまちづくりを基本に据えています。正直、まだ方向性は見えていませんが、職業訓練の機会として3年前から町内の若者を対象に「藤里体験プログラム」を事業化しています。町内でご商売をしている理容師さんや居酒屋の店主さん、葬儀屋さん、印刷会社の社長さんたちに講師役をお願いし、講義・演習・実習をしています。今年4月からは対象を町外にも広げました。「自分探し」をしているような県外の若者が、以前からこみっとにちらほらと来ていましたので、そういう人たちを一度にまとめて受け入れようという内容です。

 「藤里での体験を生かし、故郷で仕切り直す」とか「自信を持つことができた」と言って帰ってくれます。藤里町を少しでも県外にPRする機会にできればと考えています。

 地方創生の主体は力のある人であり、その恩恵をあずかる立場にあるのが力のない人――という考え方に疑問を感じていました。弱者であっても担える地方創生の形はあるはずです。事業の柱は人づくり、仕事づくり、若者支援の3本。「仕事づくり」など、一見社福協の事業とは無縁と思われるかもしれませんが、弱者と呼ばれる人たちでも地方創生の担い手になれるための支援事業と位置付ければ、必要な事業です。

――地域福祉の秘める可能性は大きいということですね。

菊池:私たちだからこそできることもあると思います。福祉がちょっと手を差し伸べることで、例えばデイサービスを利用している認知症のお年寄りに、活躍の場を提供できることもあるんです。私の知り合いの85歳の認知症女性は、ボランティアとして社会参加したいという意欲にあふれていますが、そういう人に「諦めてください」とは言いたくありません。参加したい、社会の役に立ちたいという意欲のある人に対し応援していくのが福祉の役割だと思っています。

――あらためて「藤里方式」とは何でしょうか。

菊池:特殊なことでもなければ、新しい理論・実践でもないと思います。繰り返しになりますが、ご本人がやりたいと思うことを応援するということに尽きます。福祉職が陥りがちなことですが、相談を受けてそれに応じていると、何か自分が救ってやったような錯覚を覚えることがよくあります。相談に応えた自分だけが気持ちいい、でもそれは給料をもらっているプロの仕事ではなく、ボランティアのやることです。ご本人の自己実現のため、今の生活をより良くしていくため、ありとあらゆる社会資源を提示する、必要な社会資源がなければ頑張って新しい資源をつくる。それが基本ではないでしょうか。

 藤里町がほかの地域と違うとしたら、それはもしかしたら「本気度」かもしれません。地域の方のお役に立ちたいという思いで、まじめに仕事をしていれば、しっかり積み重なっていきます。ある大学が将来にどんな不安を感じているかを藤里町の住民に尋ねたところ「社福協があるから心配していない」と答えた人が結構いたというのです。「皆さんが暮らしやすいように、生きやすいようにお手伝いする。それが社福協です」という基本姿勢を守っていれば、そういうふうに言ってもらえるんですね。それって、本当にうれしいことですよ。

「町民すべてが生涯現役を目指せるシステムづくり事業」の拠点となる改修中の農村環境改善センター。右は社福協事務局長の菊地孝子さん(写真:鈴木愛子)
[画像のクリックで拡大表示]
<インタビューを終えて>
 こみっとで働く登録生おふたりにも話を伺いました。共に引きこもりと言われる時期は長いけれど、こみっとで役割を担い働いています。「単にここがレクリエーションの場だったら来ていないと思う。そば打ちの仕事を通じ、自分が必要とされることに価値を感じている」と福田忠さん。小玉栄さんは、こみっとが縁で今は社福協でパートの仕事をしています。「ここに来る人の来歴や生き方は様々だが、何かしら仕事をさせてほしいと願っている。『町民すべてが生涯現役』という事業を進めているが、ぜひ成功させたい」と抱負を語ります。おふたりの話を聞いて、「支援が必要な人も支援されっぱなしではく支援する側にもなれる。その可能性を生かすことが地域づくりにもつながる」という菊池さんの言葉が実感として迫ってきました。地方は人材不足、人手不足と言われていますが、適切な支援をすることで地域を担うことができる力を持った人たちの存在を見過ごしているだけではないのかとも思いました。
 次なる菊池さんの目標は「生涯現役」。よく聞くフレーズですが、菊池さんは本気で成し遂げようとしています。まさに「藤里方式」は止まりません。
麓幸子
麓 幸子(ふもと・さちこ)
日経BPヒット総合研究所長・執行役員
麓 幸子(ふもと・さちこ) 1984年筑波大学卒業。同年日経BP社入社。88年日経ウーマンの創刊メンバーとなる。06年日経ウーマン編集長。12年ビズライフ局長。日経ウーマン、日経ヘルスなど3媒体の発行人となる。14年日経BPヒット総合研究所長・執行役員。15年日経BP総合研究所副所長。16年現職。2014年法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。内閣府、林野庁、経団連・21世紀政策研究所研究委員などを歴任。筑波大学非常勤講師。一男一女の母。著書等に『女性活躍の教科書』『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』(日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。

この記事のURL http://www.nikkeibp.co.jp/ppp/atcl/tk/PPP/030700027/090500006/