地方で活発化する“人”への投資

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【加賀市】「米百俵」の精神で、IoT教育のモデル地域に

“人づくりの日本”を取り戻す――加賀市長 宮元 陸氏に聞く

河井 保博=日経BPクリーンテック研究所【2017.4.4】

第4次産業革命、ソサイエティ5.0といった掛け声とともに、盛んに話題にのぼるロボットやIoT(Internet of Things)。時代がそこに向かっていることは間違いない。そこで石川県加賀市が取り組もうとしているのが、地域でのIoT人材育成。市内すべての公立小中学校で推進しているプログラミング教育と併せて、将来の加賀市の活力を育んでいこうという取り組みである。こうして育成した人材を地域の産業に戻すことで、各種地場産業の活性化につなげていこうという宮元 陸市長の想いを聞いた。

――IoTを核とした人材育成というテーマで、新型交付金(地方創生推進交付金)の対象に選ばれましたね。

宮元 これが加賀市の産業振興のスタートラインになると考えています。ここから人を育て、地域に還元し、産業を活性化させます。そうすることで新たな産業と雇用を生み、若い世代が地元に定着するよう、流れを変えていきたい。

(以下、写真の撮影は山岸 政仁)

 残念なことに加賀市は、全国自治体のうち896に上る「消滅可能性都市」の一つに数えられました。確かに、かつては8万人近くあった人口が、2016年末時点では7万人弱と、急速に減ってきています。

 こうした状況に陥った原因は、加賀市に産業が育っていないことです。元々、加賀市の中核産業は観光でしたが、400万人くらいいた観光客が170万人くらいまで落ち込み、ホテルや旅館が半分になり、それに伴う雇用も半減しました。こうして衰退していくと、若い人たちは外に出ていきます。

 人がその土地に定着し、家族を持ち、世代をつないでいくには、雇用がなければダメです。そこで2015年に策定した「まち・ひと・しごと総合戦略」では、

  • 仕事を作り、安定した雇用を創出
  • 新しい人の流れを作る
  • 若い世代の結婚・子育ての希望を叶える
  • 時代に合った地域を作り安心な暮らしを支える
という4つの目標を掲げ、加賀市の人口減少に歯止めをかけ、2040年に人口6万人以上を維持することを目標としました。そのために重要なのは産業を活性化して雇用を増やすことです。人材育成は、そのための長期的な戦略です。かつて長岡藩の小林虎三郎・大参事が唱えた、「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」という、米百俵の精神ですね。

――加賀市とIoTという組み合わせには意外な印象もあります。

宮元 加賀市ではこれまで、その類の産業が盛んでなかったことは確かです。ただ、今は第4次産業革命が進んでいると言われています。象徴的な技術がIoT、ロボット、人工知能(AI)といったものでしょう。こうした技術の進歩、浸透とともに、時代は否応なく変わっていく。しかも、それがものすごいスピードで進んでいます。だとすればIoTに注目するのは必然だと思っています。

 日本ではそれほど目立っていませんが、欧米をはじめ海外では、何年か前からSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)教育を重視する傾向が強まってきています。いわゆる理数系の教育で、特に米国のオバマ前大統領が優先課題として取り上げ、注目度が上がりました。科学技術の進歩が国際競争力を左右するとの考えが背景にあります。

 IoT人材育成は、まさにその科学技術の進歩を支えるものです。そのための人材を輩出していくことが、加賀市の、そして日本の発展に寄与していくと考えています。最先端のセンサー技術やロボット技術、それらの活用法、適用先を探り出す幅広い視野。そうしたことを身に着けた人材を地域の産業界に戻すことで、長期的な地域産業の発展を目指します。

 IoT教育プログラムについては、今、教育支援などの事業を手がける民間企業の力を借りて準備を進めています。最終的には、社会人やその他学生に向けたIoT人材育成機関を設立し、運営していくつもりです。

 STEM教育に関しては、加賀市では別の取り組みも進めています。小中学校でのプログラミング教育です。小学校や中学校でコンピュータのプログラミングを教えること自体は、必ずしも新しい取り組みではありません。他の地域で実施している例はいくつもあります。ただ、市を挙げて地域内すべての小中学校で一斉に実施している例はほかにないと思っています。できれば課外でも構わないからロボット教育もやりたいと考えています。東京や大阪には民間業者が開催する塾などがたくさんありますが、残念ながら地方にはありません。ですから、自治体として手掛けられないかと。

 このIoT人材育成機関と、市内小中学校の児童生徒へのプログラミング教育とを併せた取り組みによって、加賀市は、経済産業省とIoT推進ラボが公募した「地方版IoT推進ラボ」の第1弾選定地域に選ばれました。名付けて、加賀市IoT推進ラボ「スマートKAGAラボ(SKL)」です。

――教育ということだと、産業振興に向けた取り組みとしては、息の長い話になりますね。

宮元 その通りです。人材を輩出できるまでには、ある程度の時間がかかります。施策としても地味ですから、教育を産業振興の優先課題に挙げる例は、これまでにもあまりなかったのではないかと思います。

 もちろん、他の産業振興の施策も考えていますし、これまでにも取り組んできました。例えば加賀市では、産業振興に向けた具体策を進めるために、観光戦略プランと産業振興行動計画を策定しました。観光戦略プランは、北陸新幹線の開通に伴って観光事業を強化するもので、2014年から2018年にかけての計画です。北陸新幹線がキーポイントでしたから、これはインバウンドや首都圏からの来客が年間20万人増えるなど、ある程度効果が見え始めています。

 問題はもう一方の産業振興です。加賀市には製造業が多く、製造業全体の売上高も増えています。これは人口が減っている現在でも変わりません。世界でシェア4割を誇る紡績機械の製造工場など、いわゆる「ニッチトップ」の企業もあります。これも決して悪くない。ただ、加賀市内の製造業は大半が部品製造で、完成品メーカーがほとんどありません。このために、地域の産業が構造的になりにくく、産業集積の状態に発展してきませんでした。

 地方の活性化は、結局、他の自治体との競争です。しかし、今の状況では、他の自治体との差別化は難しい。加賀市は県境にあって、県庁所在地でもありませんし、大学もありません。誘致しても、来てくれる企業や研究所はなかなか出てきません。であれば、自ら産業を興し、発展させていくしかありません。その発展を後押しする技術革新の波は急速に迫ってきています。それを先取りして仕掛けていく必要があります。だから教育・人材育成への投資に重点を置くわけです。

――そのテーマとして注目したのがIoTというわけですね。IoTより前から、ロボット関連にも力を入れていらっしゃるようです。

宮元 STEM教育と新産業の創出の観点で、最初にロボット産業に注目しました。元々は、ロボット産業については可能性のある話ではあるけれど、未来的なことだと捉えていました。ところが、そうではなかった。

 国が「2020年度開始を目途にした小学校におけるプログラミング教育の必修化」に取り組んだり、ロボット新戦略を打ち出したりと、いろいろな動きが見えてきた。技術もどんどん進化します。次第に考えを改めていたところに、たまたま開催したロボレーブ(RoboRAVE)大会の結果を見て、ロボット産業・ロボット教育への思いを強め、重要性を確信しました。ロボレーブというのは、国際的なロボットを使った教育プログラムのことです。

 その後、2015年に策定した「加賀市産業振興行動計画」に、ロボット研究の推進を盛り込みました。産業振興行動計画は2015年10月にまとめたもので、最重点施策として、医療、福祉、介護といった分野と、ロボット産業に注力することを骨子としています。ロボット研究の推進に向けては、計画に2つの事業を盛り込みました。地域の企業によるロボット研究開発事業と、ロボレーブ国際大会などを含めたロボット産業人材育成事業です。ロボット研究開発に関しては、電気、機械系など市内の企業10社ほどに声をかけて、ロボット研究会を立ち上げました。

 地元の産業界は当初、「ロボット産業なんて、何言ってるんだ」という感じで、興味を示しませんでした。それでも、あちらこちらで繰り返し重要性を伝え続けた。そのうち、新聞などでもロボットに関する話題が次第に増えてくると、少しずつ反応が変わってきました。最近では、加賀市でのロボット関連教育の話題に耳を傾けるようになってきています。

――ロボレーブ開催が一つの転機になったわけですね。

宮元 そうです。加賀市在住で海外のロボレーブに参加している方からの相談がきっかけでした。その方は、地域の子供達にロボットづくりを教えていたりする人で、なんとか加賀でロボレーブを開催できないかと相談されました。2014年のことです。

 地域との親和性があったわけではありませんが、産業を芽生えさせるきっかけになればいいと思い、地道な取り組みを想定して取り掛かりました。まずは1回、開催してみようと。米国から指導者を呼んで、市内だけの大会を開きました。するとどうでしょう。会場では多くの子どもたちが目の色を変え、ロボットやプログラミングに夢中になっています。それを目の当たりにして、「これだ」と感じました。

 ここまで来たら、考えることはロボレーブの国際大会です。日本で初めての国際大会を開催するなら、どうしても加賀市でやりたい。その後、ロボレーブの本部を通じて他の国に呼びかけ、2016年に第2回として国際イベントを開催しました。この国際大会で、さらに、戦略的な長期的人材育成の大切さを実感しました。IoT人材育成の発想は、このことが起点になっています。

――新型交付金の申請内容を見ると、人材育成と同時に、産業創出イノベーション推進事業も含まれています。

宮元 人材を育てたのはいいけれど、それが東京、大阪に吸い込まれていってしまうのでは意味がありません。だから人材を地元に定着させるための仕組みも作っていく必要があります。そのための策の一つが、IoT人材育成機関によるスタートアップ企業のインキュベーションです。神山町のように、「ここでやってみたい」と思わせるような環境を醸成していけば、企業は自然と集まってくるはずです。そのための下地を作っていきます。

 とはいえ、まずフォーカスするのは地元の企業です。人を育てて地元の企業に戻していく。このサイクルを作れば、それぞれの企業の中で動きが生まれていきます。企業を改革したり、IoTでの新事業の流れを作ってもらったり。そして相乗効果で外からも人が入ってきて、という流れに期待しています。どんな化学変化が起こるかは分かりません。でも、だからこそ、とにかくこれを続けていくべきだと考えています。ただ、出口感としてはまだ足りない。もっといろいろ仕掛けていかないと。

――IoT人材を育てれば、既存の地域産業も活性化しますか。

宮元 もちろんです。加賀市には伝統文化も、工芸品も、梨やぶどうといった特産の農産物もあります。優秀な部品メーカーもある。そういうところをもっと伸ばしていくことも、もう一つの柱でなければいけません。

 こうした産業の活性化や、新しい価値創造にIoTが役立つと考えています。その意味では、加賀市を様々なIoTの実証の場にしていけたらと考えています。例えば石川県にはルビーロマンという品種のぶどうがあります。石川県の農業試験場が開発した品種で、初競りでは最高で1房100万円くらいの値が付きます。加賀市にも大きな産地が2カ所くらいあります。ところが、これが栽培が難しく、40%くらいしか出荷できません。この生産規模では、海外輸出には堪えられません。そこで、出荷率を高めるためにIoTを使おうとしています。栽培中のデータを取って、最適な栽培方法を探るわけです。もちろん、観光業でもIoTは活躍するはずです。製造業も、IoTやロボット技術は欠かせません。

 実は、ロボット研究開発のために地元企業と立ち上げたロボット研究会は、最初は自分たちでロボットを作ろうという方針でしたが、メンバーが乗り気ではありませんでした。それが、徐々にロボットを使って自分たちの生産性を高めようというように、活動の方向性が変化して、自主的に活動するようになってきました。こうした動きが、いろいろな領域に生まれてくることを期待しています。

――産業振興として、今後どのような展開をお考えですか。

宮元 貿易(輸出)をもっと強化したいと思っています。伝統工芸品や農産物の海外への販路拡大ですね。2016年10月に加賀市貿易推進機構を発足させ、アジアなど他国へのルートづくりに着手しました。今後、欧州、手のついていないイスラム圏などにも手を広げていきたい。既に民間企業同士で貿易はしていますが、企業がもっと安心して乗ってこられるように、それを市としてバックアップしていく考えです。

 もう一つは、海外交流に関する取り組みに注力します。2017年度から第2次総合計画の基本構想を作りますが、そこでの将来像は「自然・歴史・伝統が息づく住んでいたい、来てみたい街」です。これを加速させるために、海外交流に今まで以上に注力します。

 もちろん、それに伴って市内の環境整備も必要です。例えば交流が深い台湾からは、年間に3万人以上の観光客が来ます。外国人観光客5万数千人の半分以上です。これをもっと増やしていきたいのですが、現状では体験観光が手薄です。そこをもっと充実させる必要があります。雪や料理、伝統工芸などにからめた体験観光を強化していくつもりです。

 そうした動きの一つとして、地理的に近隣である福井県4市1町に声かけてインバウンド推進機構を立ち上げました。観光産業で伸びているところは、主に県庁所在地や首都圏周辺です。加賀市は県境だから、よほどのことをやらないと増えない。そこで、県境を逆手にとって福井県の市町と組みました。そのほうが観光資源もバリエーションが出ますから。これには、県をまたいだ地方創生として地方創生推進交付金ももらっています。

 もちろん、IoTやロボットの活用促進も力を入れます。企業や起業家を焚き付けて、IoTやロボット技術を使って何ができるかを分かってもらうことが先決ですね。

 技術革新は、おそらく想像できない進み方をするはずです。その中で、加賀市の人材育成から産業活性化の取り組みが、日本の地方創生のモデル、ないし手本になればいい。自分のところだけがよくなっても意味がない。加賀市は、そのための実験場ととらえてもらってもいいかもしれません。ロボットやAIが普及することで47%の職がなくなると言われますが、一方では今は存在していない職も生まれるでしょう。それを先取りできる社会づくりを、加賀市で先陣を切って進めたいと考えています。

宮元 陸(みやもと・りく)
加賀市長
宮元 陸(みやもと・りく) 1956年生まれ。法政大学法学部卒業。衆議院議員(森喜朗氏)秘書。1999年、石川県議会議員に初当選。以後、4期連続石川県議会議員。県議会副議長・県監査委員・県議会運営委員会委員を歴任。2013年10月、加賀市長に就任。趣味は読書とウォーキング。

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