古い慣習やしがらみを打ち破り、業界や社会に大きなインパクトを与える――。そんな「変革を生み出す力」を知るうえで役立つ記事を、日経BPネットの過去の連載からピックアップして紹介するこのコラム。今回は、人気連載『バルミューダ・寺尾玄「“脱常識”家電メーカーのつくり方」』から記事を取り上げる。
 バルミューダが世に送り出す製品は、「使う人が喜ぶ」という視点から人々が持つ潜在的ニーズを見つけ出して、それを膨大な仮説の検証や試行錯誤の繰り返しにより技術的にクリアーし、生み出される。
 ものづくりに必要な設計や製造などの知識を「独学と工場への飛び込みにより習得した」という寺尾玄社長の強烈な個性および“脱常識”な発想からは、さまざまなことが学べるだろう。

記事中で登場する人名や肩書き、数字などはすべて掲載当時の情報です。

 気持ちのいい「そよ風」を生み出す扇風機「GreenFan(グリーンファン)」で2010年に人に必要とされるプロダクトを作るメーカーとしてかじを切ると同時に、一躍、世間から注目される存在になったバルミューダ。扇風機だけでない、加湿器、ヒーター、空気清浄機など、同社の製品には、他社の製品にはない、使う人を喜ばせる付加価値が必ず与えられている。そうした独自の製品づくりが、なぜできるのか。2015年5月27日に発表した新製品の「BALMUDA The Toaster(バルミューダ ザ・トースター)」を例に、同社のモノづくりに対する考え方や、それを実現するための開発工程を、寺尾玄社長によって説き明かしてもらう。

 トースターを出したのは決して思いつきじゃないんです。具体的に「トースターをやりたい」という話を社内でするようになったのは一年ほど前ですが、私個人は以前から「食」の分野に大いに興味がありました。

バルミューダが2015年5月27日に発表した「バルミューダ ザ・トースター」。庫内を水蒸気で満たした状態でパンを焼き上げるのが特徴
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 17歳のときに高校を中退し、スペインやモロッコ、イタリアなどの地中海沿岸を放浪したんです。その旅の初めに、スペインのロンダという街で出合ったパンが今も忘れられないんです。スペイン最古の闘牛場があるのがロンダだと知ってそこを目指したのですが、長い飛行機搭乗時間を経て、山岳地帯をバスに5時間揺られ、着いたときは疲れ切ってひどく空腹でした。言葉もロクに分からなくて、目についたパン店で小さなパンを一つだけ買い求めたのが、着いて初めて口にした食べ物でした。焼きたての湯気が出ているようなパンです。

 肉体的にも苛酷だったし、言葉も分からなければ知り合いもいない土地に一人、不安とわくわくした気持ちが入り交じった状態でパンを頬張りましたが、そのたった一個のパンがどんなにおいしく、また力をくれたことか。

 食べ物って食べてなくなるわけじゃないんですね。エネルギーが体の中に移っていく。ヘトヘトであっても焼きたてのパン一つで、重い荷物を担いでもう一度歩きだそうという気持ちになれる。そういうものだと思います。

 もちろん、その強烈な体験を今の日常でもう一度、とは思いません。でも毎朝食べるパンだって焼き方一つでまだまだおいしくなるはずなんです。そして朝食がおいしければ毎日はもっと楽しくなる。そんなことをよく社内で話していたんですね。

 そのぼんやりした「食」に対する構想が具体的な形をもったのが昨年の5月、会社のイベントで近くの公園でバーベキューをやったときでした。その日は会社を休みにして準備をしていたのですが、いざ当日になったらあり得ないくらいの土砂降りで。

 ターフを借りて決行しましたけど、開発のスタッフの一人が食パンを用意していたんです。僕がパンの話ばかりしていたので「炭火でパンを焼いてみましょう」と言うんですね。やってみたら、それがびっくりするほど旨かった。

 こんなふうにパンが焼けるトースターがあれば、それがバルミューダの目玉製品になる。そこでいきなり目標が決まったのです。

Nextおいしさを実現するカギは「水分」だった