前回は名古屋の町工場、愛知ドビーが2016年12月に発売して以来人気となっている炊飯器「バーミキュラ ライスポット」について詳しく解説した。今回は、同社の名を一躍全国区に押し上げた鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」とは何なのか、どのようにして開発に至ったかなど、革新的な製品が生み出された背景について掘り下げていきたい。

下請け業者からの脱却を図るために生まれた「バーミキュラ」

 前編でも紹介したが、バーミキュラは2010年に発売されて以来、注文から納品まで数カ月待ちが続いており、人気が途絶えたことがないという鋳物ホーロー鍋だ。鋳物ホーロー鍋というとルクルーゼやストウブ、シャスールなどフランスメーカーの独擅場となっていたが、そこに名もない地方の中小企業が殴り込みをかけた形になる。

 では、なぜバーミキュラが生まれたのか。そこには父親から経営を引き継いだ土方兄弟(土方邦裕社長、土方智晴副社長)の、「下請け業者から脱却しなければいけない、社員が誇りを持てる会社にしたい」という強い思いがあった。

 2001年に土方邦裕社長が父親から事業を引き継いだとき、経営が傾きかけていた愛知ドビーに往時の輝きはなかったという。元々はドビー織と呼ばれる織物を作る「ドビー機」の開発・製造を行うメーカーだったが、国内の繊維産業はどんどんと廃れていき、「僕らが高校生とか大学生ぐらいのときには年に1台か2台売れるかどうかぐらいでした」と土方智晴副社長は語る。約70人いた従業員も、十数人にまで減っていた。

 ドビー機という機械は鋳造部品を多く使うため、愛知ドビーは鋳造部門と機械加工部門を社内に抱えていた。

 「この規模で鋳造部門と機械加工部門があるのは珍しいんですよ。でも両方あることを生かし、まずは下請けとして船の油圧部品など難しい製品の製造に取り組みました」(土方智晴副社長)

 大型貨物船の心臓部である油圧部品は100分の1mmもの精度が求められる。鋳造業者として請け負った場合、機械加工を施して1つでもピンホールが見つかると不良となって廃棄されるだけでなく、不良品を削った加工費も鋳造業者に請求されるという。だから「鋳物業者がそれをやるとつぶれると言われていました」と土方智晴副社長は話す。

 同社は規模こそ小さいが、鋳物と精密加工の両方を社内に抱えていたため、不良品を出さずに納品できることが強みとなった。「後発なのでそういう仕事しか世の中に余っていなかったんですよ」と土方邦裕社長。2006年に智晴副社長が入社したときには売上高2億円ほどの規模だったが、それから2年ほどで5億5000万円程度にまで伸ばしていった。

右から愛知ドビーの土方邦裕社長、土方智晴副社長

Next従業員が誇りを持つには「メーカーになるしかない」