一度与えられたチャンスは逃してはいけない

――人生でも大きな転機だったと思いますが、その経験から学んだことは?

奥山氏

奥山 物を作っているときって、何が名作になるかはわからないですし、プロジェクトの半分以上はつぶれるものです。なので、まさか自分がデザインしたクルマが創業者の名前が付いたエンツォ・フェラーリになるとは思ってなかったです。一度与えられたチャンスは逃してはいけないという思いもありました。なぜイタリアで日本人がフェラーリをデザインできたかというと、イタリア人のいいデザイナーがいなかっただけなんですよ(笑)。僕と同じくらい優秀なイタリア人がいたら絶対にそっちを採用していますから。

【エンツォ・フェラーリ】

 2002年にフェラーリの創業55周年を記念して、創業者であるエンツォ・フェラーリの名前がつけられたスーパーカー。生産台数は、399台という限定モデルで、販売価格は約7500万円。日本にも33台のみ正規輸入された。いまなおその人気は高く、中古価格でも1億円はするといわれているほど。奥山氏がピニンファリーナに在籍していた時代の代表作のひとつであり、「イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした男」として注目されるきっかけとなった。

奥山清行氏が描いたエンツォ・フェラーリのスケッチ
(画像提供:KEN OKUYAMA DESIGN)

――イタリアでは常にプレッシャーを感じていましたか?

奥山 毎日プレッシャーがあったので、昔の自分が出ているテレビとかを見ると顔が引きつっていて、本当に緊張して生きていたなと思います。ただ、イタリアというのはローマ時代から外国人が結構来ていて、外の文化を受け入れる素地があるので、アメリカよりも意外とオープンです。あと大切なのはイタリア語を話せて、イタリア料理を愛することですね(笑)。そうやって溶け込むことができると、「イタリア人ではないけれど、いい案を出すから採用するか」となるわけです。 それから、アメリカやドイツも契約社会ですし、自分で勝ち取っていくというスタイルが根付いている。それと比べると終身雇用が与えられた中にいる日本はまだまだ甘いなとは思いますね。

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