技術面の問題よりもチーム全体の意識改革が一番大変

 今回、さまざまな部門を合わせると数百人にも及んだという四季島のチーム。それだけの人たちをまとめていくにあたり、数々の困難も立ちはだかったであろうことは想像に難くない。そんななかで、奥山氏がどのようにしてそれらを乗り越えていったのかについては興味が湧くところ。

――本プロジェクトのなかで、もっとも苦労したことを教えてください。

奥山 鉄道というのは、荷棚から上のところは、安全の問題から燃える素材は一切使ってはいけないので、本物の木やプラスティック、紙、うるしといったものは使い方に工夫がいるんです。仮に代替えの素材でもその風合いをいかに本物に見せるのかに非常に苦労しました。ただ、それも含めて、全体を通してお客様にどういう旅の思い出を持ち帰ってもらいたいかという「トータルエクスペリエンス」を作り上げることに一番苦心しましたね。これまではそういう観点で鉄道がデザインされてこなかったこともあり、意識改革やチーム作りの方も大変でした。

奥山氏

 デザイナーというのは実は議長役で、バラバラなことを言っている人たちを集めて、理解してもらわなくてはならない。そのために、わかりやすくビジュアルで見せながら、全員が納得するようにプレゼンテーションしていきました。そうやってお客様の満足度を高めるというベクトルに合わせていく作業に一番時間が掛かりましたね。デザインの意味を理解してもらえるよう、いかに説得するかが大切です。

 以前、山形新幹線の先頭車両のカラーリングを変えたときもかなり大変でした。僕は黄色が赤に変わっていくさまをグラデーションできれいに表現したかったのですが、現場からは、6mもあるのでうまく塗るのもフィルムを貼るのも難しいと言われました。ただ、僕がその色にこだわったのには、ある理由がありました。

 昔、山形の農家にとっては紅花が重要な収入源だった時代があったのですが、棘が多いので女の人たちが手に血を流しながら摘み取っていたんです。本来黄色の紅花が染料になる過程で酸化されて赤になるのですが、それを地元では「血の赤」と呼んでいました。紅花の色にはそうした農家の思いが込められているのです。そういう話を現場の人たちにしたところ、そのグラデーションの意味を理解し、共感していただけました。

 すると不思議なもので、感動したみなさんが自分たちで考えて、チームを作って動いて下さったんです。そして、誰が塗る部分を担当してもきれいなグラデーションができるような方法を編み出してくれたのですが、僕はそのことに感激しました。そうやってストーリーのあるデザインを考えて、きちんと現場の方に伝えて、理解してもらい、喜んで仕事していただくというのが、実はデザイナーの重要な役割だと実感しました。

 僕はTV番組に出演したときの影響なのか、怖いイメージがあるらしいですけど、現場ではみなさんに喜んで作っていただきたいので、士気を高められるようなことを率先してするようにしています。そのために自分で物を削ったり、スーツでも必要なら地面に寝転がって油だらけになって作業もしますよ。でも、そうすると発見がありますし、お互いに信頼関係を作っていけるんです。

――すでに成功を収めている「ななつ星in九州」と比較されることが多いですが、デザイナーの水戸岡鋭治氏を意識することはありますか?

奥山 水戸岡さんは大先輩でもあり、本当に素晴らしい方ですよ。僕はずっと前から彼の仕事が好きで、つねにフォローしています。四季島に携わったことで水戸岡さんと比較されて、光栄に思いますし僕としては大満足です。(笑)

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