米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士の試験に二度目の挑戦で無事合格した山崎直子さん。それから11年という長い歳月を経て、ようやく2010年4月にスペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し、宇宙に飛び立った。だが、宇宙では早速、スペースシャトルが国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングするためのレーダーが故障するという緊急事態に見舞われた。遺書も用意して宇宙に旅立った山崎さんは、究極の試練をどのように乗り越えたのか。そして、その先に、宇宙空間で訪れた「奇跡の瞬間」とは。

(インタビュー・文=山田真弓 インタビュー写真=厚地 健太郎)

■宇宙へのあこがれから始まった果てしない挑戦~宇宙飛行士・山崎直子【1】
■驚きの連続だったNASAの選考試験~宇宙飛行士・山崎直子【2】

国際宇宙ステーションにドッキングしたスペースシャトル(C)NASA
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11年間の訓練の9割は非常時対策

──宇宙飛行士として選ばれてから11年がたって、ついに宇宙に行くことになったわけですが、時間がたち過ぎて不安になったりはしませんでしたか。

 不安になるというよりは、2010年に宇宙に行くまでの11年間、ずっと訓練をしていたおかげで、いざ宇宙に行くとなると不思議と怖さはありませんでした。特に宇宙飛行士の候補に選ばれて以降はずっと訓練が続いたわけですが、その訓練の9割は非常時対策といえるものでした。

 停電になった、コンピュータが止まったなどの有事のときにどう対応するかという意識を日ごろから持たされます。ですから事故が起きる確率は理解していましたし、遺書も用意するくらいの覚悟はしていました。ただ、それでもいざ搭乗が決まったときには、怖さよりも「やっと行けるんだ!」というワクワク感が大きかったですね。

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