方向音痴にとって極めて重要な研究が2015年2月、米国の科学誌『サイエンス(Science)』に掲載されました。米ダートマス大学のタウベ博士などが、「頭方位細胞が混乱すると、グリッド細胞の機能が低下する」事実を突き止めたのです。これをやさしく表現すると、「方向音痴は、なぜ方向音痴なのか」が、初めて科学的に解明されたことになります。

 この研究を理解するためには、本コラムの第7回「ノーベル賞『空間を把握する脳のメカニズム』とは何か」で説明した「空間を把握する数種類の脳細胞」、すなわち「場所細胞」、「グリッド細胞」、「頭方位細胞」などの役割について復習しておく必要があります。詳細は上記記事を参照していただくとして、ここでは簡単におさらいしておきましょう。

Q:「場所細胞の役割は何ですか?」

A:「人間がなじみのある場所にいるとき、今は自宅の玄関です、今は通勤に使う駅の改札口です、今はお気に入りのカフェの内部です・・・などと教えてくれます。しかし、初めて行った場所については、まだ記憶がつくられていないため、何も教えてくれません」

Q:「グリッド細胞(格子細胞)の役割は何ですか?」

A:「グリッド細胞は、空間全体にグリッド(格子、網目)を広げています。これはいわば“地図用紙”に相当します」

Q:「脳の中に地図用紙が用意されているとして、人間がスタート地点からゴール地点まで歩くとどうなるのですか?」

A:「人間が歩いているルートを常に観測し、グリッドの格子点(頂点)に来るとジジジッと発火して、どこにいるのかを教えてくれます。これを別の観点から見ると、地図用紙に歩行ルートが記録(記憶)されている、ということです」

Q:「A地点からB地点まで歩いた場合について、詳しく説明してください」

A:「グリッド細胞は、A地点を地図用紙の格子点aに記録し、B地点を格子点bに記録することになります。そのaとbを比較すれば、2つの点の方向と距離が分かります。すなわち、グリッド細胞は歩行ルートの“脳内マップ”を連続的に描いている、ということなのです」

脳細胞のイメージ(図:PIXTA)

Q:「初めて歩いたルートについても、脳内マップが作成されるのですか?」

A:「はい。そう考えられています」

Q:「1日前、1週間前、1カ月前に歩行したルートの脳内マップは保存(記憶)されているのですか」

A:「記憶の強弱によって保存期間は異なるかもしれませんが、保存されていると思われます」

Q:「次に、頭方位細胞(頭部方向細胞)の役割は何ですか?」

A:「自分の頭が、東・西・南・北のどこを向いているのかを、教えてくれます」

Q:「頭方位細胞が混乱すると、どうなるのですか?」

A:「自分の頭が今、どの方向を向いているのか、分からなくなります」

 ここまで復習すると、事情が飲み込めたのではないでしょうか。

 「頭方位細胞が混乱する」典型的なケースは、東西南北を把握できなくなる場合です。タウベ博士は実質的に、「東西南北が分からない方向音痴は、グリッド細胞の機能が低下している」と指摘したに等しいのです。