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濱田真里のGLOBAL GATEライフ

祖母の急死、人生に対する価値観が変わった2週間(1/2ページ)

2016.11.21

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突然の、脳死連絡

 タイで働き始めて10日目の朝、突然家族LINEに母からの緊急連絡が入りました。「おばあちゃんが手術後、目を覚まさないよ。覚悟しないといけないかも……」。驚いて詳しく話を聞くと、手術はうまくいったものの、その後脳出血が起きて脳死状態になったとのこと。手術は簡単だから心配ないと聞いていたため、家族の誰もが予想していない出来事でした。

 すぐ飛行機に飛び乗って宮崎に行くと、病院のICUに入っているおばあちゃんは、人工呼吸器に繋がれている状態。脳の手術といっても、カテーテル治療だったため外傷はほとんどなく、まるで眠っているかのよう。心臓は動いているので身体はまだ温かくて、「脳死状態だからもう目を覚ますことはありません」と担当医に言われても全く信じられませんでした。

(写真:PIXTA)

ICUで祖母と母と過ごした2週間

 日本の法律では、一度人工呼吸器を付けた場合、自力呼吸ができない状況でそれを外すことは禁じられています。そのため、脳死状態の場合は心臓が動くのをやめない限り、付け続けなければいけません。

 胸の部分が機械に合わせて上下に動くおばあちゃんの横で、何時間も過ごしました。もう意識が戻ることはないと言われたものの、酸素が入って身体は機能しています。「一体、生きているってどういう状態のことを言うのだろう?」「おばあちゃんの意識はどこにいってしまったの??」と、「生と死」の意味について考え続けました。今でも、答えは出ていません。

 ただただおばあちゃんの側で手を握りながら、死を待つだけの時間。母と一緒にICUで過ごしながら、色々な話を聞きました。

 おばあちゃんは鹿児島の山奥で生まれた3人兄弟の長女だったこと。ひぃおじいちゃんが戦争で亡くなったため、農業を営むひぃおばあちゃんに女手ひとつで育てられたこと。結婚前は東京の渋谷で働いていたことや、働くおじいちゃんを支えたエピソード。私が生きているのは、それらがすべてつながった結果なのだと思うと、不思議でしょうがありませんでした。

手作りの梅酒を注いでくれる祖母の手(写真:濱田 真里)
[画像のクリックで拡大表示]

 そして、手術を受けて約2週間後の11月11日に、大好きなおばあちゃんは永眠しました。79歳でした。

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