トップ > 成功のカギは“暴走力” 危な過ぎる偉人伝 > 【新連載】実は“大政治家”ではなかった! なぜ再評価される「田中角栄」

成功のカギは“暴走力” 危な過ぎる偉人伝ビジネス

【新連載】実は“大政治家”ではなかった! なぜ再評価される「田中角栄」(1/3ページ)

2016.08.23

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 ここはとあるビジネス雑誌の編集部。団塊ジュニアでマンガ好きなオタク上司(40代・独身)と、入社3年目のゆとり世代の部下(20代・彼女あり)は若者向けページを担当している。いつも編集長から「もっと売れる企画を出せ」とせっつかれているが、いまだ結果にはつながらないのが悩み。危機感を持ちつつも、きょうも「ネタ探し」という名の無駄話に花を咲かせる。

首相だった期間は2年半

田中角栄(1918年5月4日 - 1993年12月16日) 写真:Fujifotos/アフロ
[画像のクリックで拡大表示]

ゆとり部下:石原慎太郎の『天才』(幻冬舎)っていう本が話題ですね。

オタク上司:ああ、売れてるみたいだよ。もう65万部突破だとか、オレは読んでないけど……。キミは読んだの?

ゆとり:いえ、ネットで見ただけです。そもそもあのー、田中角栄っていう人のことをよく知らなくて……。

 たしか元総理なんですよね。最終学歴が小学校卒のたたき上げで「日本列島改造論」というのをぶち上げて、高度成長で日本を豊かにした大政治家なんだけど、カネに汚くてナントカ事件で捕まったとか……。

上司:うーん、なんかいろいろと混ざってるなあ。誤解をひとつずつ正していこうか。

 まず、田中角栄には、総理としてそんなに大きな実績はないんだよ。なんせ首相を務めたのは、1972年7月からの2年半だし、在職1600日越えの第2次安倍内閣の方がはるかに長い。で、田中角栄内閣の最大の実績と言われるのが日中国交正常化なんだけど、これも「田中角栄の外交力だ」とは言えるものの、まあ田中角栄でなくてもいずれ誰かがやっていたことだと思う。

 2つ目。高度成長のピークは1960年代で、もう田中角栄が首相になったころには収束にさしかかっていた。経済成長どころか、政府支出の増大による物価高騰にオイルショックが重なって、1974年度には経済が戦後初のマイナス成長となった。田中角栄の経済政策は完全に失敗、というのが実際のところなんだ。

 それでも「列島改造」のコンセプトは、その後も引き継がれて行くんだけれど。

ゆとり:なんだかイメージと違いますねぇ……。

上司: そんで3つ目。田中角栄が逮捕されて有罪判決が出たのはロッキード事件ね。便宜を図る見返りにアメリカの航空機メーカー・ロッキード社から5億円を受け取ったとされる収賄の容疑だよ。

 ただし、これが発覚したのは1976年で、総理を辞めた後のことだ。田中内閣が総辞職したきっかけは、ロッキード事件じゃなくて1974年10月に発売された『文藝春秋』のスクープ記事なんだよ。

 角栄という人は代議士仲間から運転手まで、気前よくカネを配るので有名だったんだけど、そのカネは一体どこから出てくるのか、だれもよくわかっていなかった。それで、文春の取材班が丹念な調査で、ペーパーカンパニーを使った違法スレスレの「金脈」を解き明かしたわけ。

 田中角栄は、経済政策の失敗に加えて、この記事による世論の反発で総辞職に追い込まれたんだ。まさに“文春砲”だね。

 その後も田中角栄は派閥のボスとして強い影響力を持ち続けるわけなんだけど、ロッキード事件を機にその権力は衰えていく。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連トピックス

    • 会員登録 ログイン
    • マイフォローとは?
    nikkei BPnet 会員サービス
    トピックを選ぶ!フォローする 自分のメディアを組み立てる! マイフォロー

    ランキング一覧を見る

    おすすめ情報【PR】

    締切間近のセミナー