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AIの目に「駒が光る」日は来るか(3/5ページ)

中島秀之(東京大学 特任教授)×羽生善治(将棋棋士) Part.6

2016.11.28

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ディープラーニングのブラックボックスの功罪

――では、コンピュータの指し手から学べることは何もない、ということになりませんか?

羽生:そうは言っても、先ほどもお話しした「防衛本能がないことで生まれる新手」とか、全くちがう見地でのアイデアと発想は出てきますので、コンピュータが機械学習しているのとは別の視点、別の方法で「学習の仕方を考えていく」ということは、ありえると思っています。

――ディープラーニングによって結論が出されたとき、そのプロセスは、本当に解析できないものなのでしょうか?

羽生:コンピュータのプログラムで実行されている「学習」は、たとえて言うなら、伝言ゲームをやっているようなところがあります。一番最初にゲームが始まったときの伝言が、100人の間で伝えられたら、最初の言葉とは全くちがう言葉になってしまっている。初めに伝えられた言葉と最後に伝えられた言葉だけからは、推察しても、途中のプロセスで何が起こったか、わかりません。ディープラーニングでも、その点については、誰に聞いても「ブラックボックスだ」って言われます。

――ディープラーニングの学習プロセスはブラックボックス?

羽生:あちこち取材に行ったところで研究者にお会いして尋ねても「学習のところで何が起こっているのかはわからない」って。専門家の方たちはみなさん、口を揃えて「ブラックボックスだ」って話されますから、そうなのでしょう(笑)。もう、そういうもんだというふうに受け取るしかありません。

中島:まあ、そこがいいところなんですけどね。

――ディープラーニングの学習プロセスがブラックボックスであることが、どうして「いいところ」なんですか?

中島:今までは、中間表現を全部、人間が与えないと学習できなかったからです。ディープラーニングの場合は、ブラックボックスでも動くから、「使える」ようになったんですよ。ただし、中間をコンピュータが勝手につくるから、何をつくっているかは、よくわからない。

――なんだか、気持ち悪くないですか? 中間表現を与えていくからこそ、研究者として、AIの進歩や開発の進捗状況を把握できるというか……。

中島:与えなくてよくなったから、開発する側も楽になったんですよ(笑)。

――羽生さんは、第1回の叡王戦にはエントリーされませんでしたが、現在、第2回の叡王戦にエントリーされて、トーナメントに参加されておられます(編集部注:残念ながら10月14日に開催された本戦準決勝にて敗退)。ご自身としては、何か、心境の変化があったのでしょうか。

羽生:叡王戦であるか、電王戦であるかは関係なく、将棋の世界がかなりAIの影響を受け始めているということは言えます。若い人たちは特に、そういうものを使って分析に利用するなどの傾向が、本当にここ一、二年の大きな傾向なので、だんだん、そういうことが棋士として求められる能力の一つになってくるというふうに変わってきていると思うんです。

――将棋界が、これまで経験したことのない状況に直面しているわけですね。

羽生:ただ、それは、今までも何回かあったことでもあります。データベースができたときには、データベースをいかにうまく使いこなすかということが非常に大事になりましたし、インターネットが出てきたときには、インターネットをいかにうまく使って練習するかっていうのも大きな課題になりました。そういう点で、今度はソフトというか、プログラムが出てきて、そのプログラムをいかに上手に有効的に使っていくかということを、特にこれからの若い世代の人たちは、すごく求められるようになると思っています。

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