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羽生善治三冠、生存本能に縛られないAIは「創造的」たりうるか(6/6ページ)

中島秀之(東京大学 特任教授)×羽生善治(将棋棋士) Part.3

2016.11.07

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AIには“いい作品”がつくれない!?

中島:AIのプログラムに人権が生まれるとはいっても、最初は我々が「道具」としてつくるわけです。あくまでも主人公は人間なので、さっきの制度の話もそうですが、「自分たちは何がいいと思っているのか」をメインに考えないと、とんでもないことになる気がします。

羽生:そうですね。

中島:今、「ディープラーニングは、いろんなことを学習して、なんでもできるぞ」という話があります。たとえば、有名レストランの味を学習して再現するというのは、味覚センサーがあれば、たぶん実現できると思います。

羽生:いかにも得意そうな感じがします。

中島:でも、AIに「創作料理」はつくれないんじゃないかと思っているんです。

羽生:ほぉ。

中島:創作料理とは、今まで誰もやらなかった食材や調理法の組み合わせですよね? そんな創作料理をAIがつくれないのは、「評価ができない」からだと思うんです。AIは、人間と同じ身体を持っていないですから。こういう味だっていう味覚センサーの値はわかるけれど「美味しいかどうか?」っていうのは、完全に人間のものですから。

羽生:まだ味わったことのない味を評価するのは困難に思えます。

中島:そういう「身体性」に関わることって、いろんなところにあって、プログラムには手が出ない。まねはできても、新しいものはつくれないので、そういう職業は絶対になくならないと思っているんです。

羽生:ええ。

中島:映画をつくるとか、小説を書くというのもそうです。本当かどうか知りませんが、『ハーレクイン・ロマンス』は、ほとんどプログラムで書かれているという話も聞いたことがあります。でも、本当に「いい作品」というものには、その裏側に作者の人生観というか、人生体験が見えてくるものですよね。

羽生:そうですね。

中島:そういう作品は、やっぱり、プログラムでは書けない。人間とAIとでは、“人生体験”が違いますから(笑)。

羽生:感情とか思いを実際に感じてはいても、それを簡単には表現できないから、小説をずっと書き続けている作家もいらっしゃいます。何年もかけて、その一瞬を表現しようと、一生懸命やっている。それは、仮にAIがどんなに進んだとしても、そんな簡単にはできないことなのかなという感じは、確かにありますね。

中島:「簡単にはできない」ではなくて、「本質的にできない」と僕は思っているんです。

羽生:そうなんですか。

【次回予告】
 生存本能ゆえにランダムを苦手とする人間と、人生体験を持たないがゆえに人の心を打つ作品が書けないコンピュータ……それぞれの得意、不得意分野の話で「人間とAIの違い」に迫った中島氏と羽生氏の対談は、次回、「人間らしいAIロボットは必要か」というユニークな論題へと移っていきます。

中島 秀之(なかしま・ひでゆき)
中島 秀之(なかしま・ひでゆき)

東京大学大学院情報理工学系研究科 先端人工知能学教育寄付講座特任教授、公立はこだて未来大学名誉学長。1952年、兵庫県生まれ。1983年、東京大学大学院情報工学専門博士課程を修了後、同年、当時の人工知能研究で日本の最高峰だった電総研(通商産業省工業技術院電子技術総合研究所)に入所。協調アーキテクチャ計画室長、通信知能研究室長、情報科学部長、企画室長などを歴任。2001年、産総研サイバーアシスト研究センター長。2004年、公立はこだて未来大学の学長となり、教育と後輩の育成、情報処理研究の方法論確立と社会応用に力を注ぐ。2016年3月、公立はこだて未来大学学長を退任後、同年6月、同大学の名誉学長に。

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