「暗黙知」も本来の意味とは違った形で使われることが多い

松原:邦訳では「人類が生命を超越するとき」。

中島:実際、我々はもうすでに「生物的進化の限界をテクノロジーで超える」という体験をしている。コンピュータやインターネットを思考の補助のツールとして使っているのがそうだし、科学が進んで脳内にチップを埋め込むようになれば、それが補助記憶になりうる。

松原:そうですね。

中島:わざわざチップを脳内に埋め込まなくても、スマホがあるだけで、ずいぶんちがう。たとえば、ひと昔前までは「なんだっけ、あれ?」ってなったとき、記憶していないとどうしようもなかった。けれど、今は、スマホで検索すればいいだけ。そのスマホの機能を持ったチップを脳内に埋め込めば、検索という動作すらいらなくなる。いつかはそうなるだろう......というのが、本来の「シンギュラリティ」だった。

松原:本来は、そういう話だったはずでしたね。

中島:「シンギュラリティ」もそうだけど、世間で広く使われるようになった新しいキーワードの意味は、原典を読まないと信用ならない。たとえば「暗黙知」。あの言葉も、もともとの意味とはちがったかたちで使われていることが多い。

――「暗黙知」は、たとえば職人が豊富な経験の積み重ねで得た技術とかノウハウのように、言葉として受け継がれたわけではない“知識”のことで、今、それを言語化したり、プログラム化する試みが盛んに行われているという認識ですが?

中島:本来の「暗黙知」の意味は、ちがいます。

――ちがうんですか?

中島:「暗黙知」とは、たとえば“自転車の乗り方”がいい例です。もし、教科書に書いてあったとしても、それを読んだからといって、自転車には乗れない。

松原:乗れない、乗れない。

中島:「暗黙知」とは「決して言語化できない知」のこと。「原理的に暗黙である知」のことです。なのに「暗黙知の言語化を研究する」などという話もあるようですが、そのような研究は成立しない。

松原:「暗黙知」の定義からして、ありえないよね。

松原仁(まつばら・ひとし):公立はこだて未来大学副理事長 システム情報科学部 複雑系知能学科教授。1959年、東京都生まれ。
1986年、東京大学大学院情報工学専門博士課程修了、同年、電総研に入所。1990年頃には、事例ベース推論(Case-Based Reasoning:CBR)の研究にも従事。中島秀之氏らの「協調」に関する研究にも協力している。
ロボカップ日本委員会会長、情報処理学会理事など、AI業界の要職を歴任。2000年、公立はこだて未来大学に着任して以降は、情報技術を用いた観光についての研究もしている。ちなみに、将棋はアマ五段の免状を持つ。