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「留職」という冒険に出掛けようビジネス

第7回 解決すべき課題が山積み、6週間の限られた時間で何ができるか(日産自動車・前編)(1/5ページ)

2015.07.23

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 日産自動車は2014年7月に留職プログラムを導入。留職者第1号となったのは入社12年目(当時)の並木良太氏だ。並木氏が派遣されたのは、インドにあるソーラーパネルを製造開発するベンチャー企業。約250人の社員から「この日本人は何をしてくれるのか」という視線を浴びつつ、最初に取り組んだのは日産式の課題解決手法を取り入れ、全員参加で問題点を挙げてもらうことだった。

(インタビュー・文=荻島央江)

――並木さんは日産自動車の留職者第1号とのことですが、まずはプロフィールを教えてください

日産自動車の留職者第1号となった並木良太氏(第二製品開発本部 第二製品開発部 第一プロジェクト統括グループ)
[画像のクリックで拡大表示]

並木 私は2002年に中途で日産自動車に入社し、現在勤続13年目です。経歴は少々変わっていて、実は日産に転職するまで日本に住んだことがありませんでした。フランス育ちで、英国の大学を卒業後、旅行業界で働いていました。

 そんな私がなぜ日産自動車に入ることになったのかというと、現在所属する日産自動車テクニカルセンター出身の日本人と出会ったことがきっかけです。彼女は「ワーキングホリデー制度」を利用して私の前の職場で働くことになり、言葉を交わすようになりました。私は大学で航空工学を専攻していたので、彼女の話を聞くうち次第に日産自動車に興味を持つようになったのです。

 ちょうどそのとき、日産が中途採用をしていることを知りました。幅広いエンジニアの知識があればいいというので応募したところ、とんとん拍子で採用が決まり、今に至ります。現在は、製品開発プロジェクトを取りまとめている部署に所属しています。製品の立ち上がりから量産体制を整えるまでの全工程を管理する役割を担っています。

――なぜ留職プログラムに参加しようと思ったのですか?

並木 面白そうなものにはとりあえず手を挙げる性分でして(笑)。1回目だからこそぜひ参加したいと思いました。日産自動車で働くために日本に来てから10年以上が過ぎました。自分としてはある一定のレベルまでは到達できたと感じていたものの、「もう一皮むけたい」とも思っており、そのきっかけになればいいなと考えて応募しました。

<プロジェクト概要>ケース3 日産自動車
・留職者:並木良太氏(当時44歳、入社12年目)
第二製品開発本部 第二製品開発部 第一プロジェクト統括グループ
・派遣先団体:ソーラーパネルを製造開発するインド北西部、グジャラート州にあるベンチャー企業
・派遣期間:2014年7月(6週間)
・ミッション:ソーラーパネル量産化に向けて生産および品質管理プロセスの構築、プロセスのマニュアル作成、メンバーのトレーニングが課題
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