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「留職」という冒険に出掛けようビジネス

第6回 何をやるかを決めないまま現地に向かった(日立製作所・後編)(1/6ページ)

2015.07.02

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 企業の社員が新興国のNPO法人などに数カ月間派遣され、本業のスキルや経験を生かして現地の社会課題の解決に向けて活動する「留職」プログラム。日立製作所の若手社員2人が向かった留職先は、聴覚障害者の職業訓練を手掛けるインドのNPOだった。驚くべきことに、「具体的に何をやるかを決めないまま現地に向かった」という――。
 通常は事前にミッションを定めて現地に赴くが、今回はあえてそうしなかった。向こうで自ら課題を見つけるところからスタート。誰も指示してくれる人がいない中で、2人は何を考え、どう実行したのか。詳しく話を聞いた。

(インタビュー・文=荻島央江)

――留職先はインドで、具体的に何をやるかを決めないまま現地に向かったとか

留職者の中で、「帰国後に最も変化した一人」と言われる今泉真哉氏(基盤ソフトウェア開発本部LPAR設計部)
[画像のクリックで拡大表示]

今泉 日立製作所では2013年から留職プログラムを導入していて、今は5期目です。私たちは4期目で、聴覚障害者の職業訓練を手掛けるNPOに派遣され、14年9月から3カ月間活動しました。

 1期から3期までは、あらかじめ現地で何をやるかを決めてから行ったのですが、今回は向こうで自ら課題を見つけ、それに対してどう取り組むかを考え、実行するところから始めました。初めて行く場所ですから、正直なところ、最初はかなり戸惑いました。

髙本 今回の留職はそこが肝でした。「こういう仕事があるから、そのためにこういう人を連れてきてくれ」という話ではない。「とにかく何かやりたいという若者をあなたのところへコーディネートします」「分かった。じゃあまずよこしてくれ。場所と機会は提供する」という感じです。

 だから、自分から働きかけなければ、ずっと放っておかれる。一方で、留職である以上、与えられた期間内で何かをやり切って帰ってこなければならない。アバウトと言えばアバウトですが、逆にそれだけよりタフなミッションになったということです。

<プロジェクト概要>ケース2 日立製作所
・留職者:日立製作所 情報・通信システム社 ITプラットフォーム事業本部 プロダクト統括本部に所属する今泉真哉氏(当時、入社4年目)と米川伊織氏(当時、入社3年目)
・日本側責任者:人事総務本部の髙本真樹氏
・派遣先団体:聴覚障害者の職業訓練を手掛けるインドのNPO
・派遣期間:2014年9月~11月(3カ月間)
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