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職場を生き抜け!ビジネス

早稲田卒の25歳大手損保社員が「過労死」した(3/8ページ)

2016.11.16

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なぜこんな死に方をしたのか

 母親が息子である男性が死亡した日を思い起こし、書いたものです。

 (野方警察署の)うす暗い署内の廊下を通り、階段を下り、裏口の古びたプレハブのバラックの前に立った。いまから何が起こるのか? 錠をはずし、線香のにおいのなか、白いひつぎのなかに息子の姿があった。4、5人の、上司であろう人たちが、悲しみというより、夫と私のようすを興味深そうに見ていた。

 「勝っちゃん(息子である男性のこと)……」。私は涙も出なかった。どうしてこんなところにいるのか、どうして、自分がこんな立場にいるのか。頭のなかが空白になるとは、こんなことをいうのでしょうか。(P22)

 母親が、男性が亡くなる前のことを思い起こしたものです。

 (19)88年8月、(実家のある静岡県の)焼津に帰ってきたとき、いままで楽しい話が多かった彼(亡くなった男性のこと)が、「支社長が変わると仕事のやり方も変わり、毎日夜遅くまで残業で、とても疲れる」と言った。89年1月、妹娘の結婚式前夜に(実家に)帰ってきたときは、家に着くなり、そのまま床にたおれ込んだ。翌日式の時間ぎりぎりまで死んだように眠っていた。

 「お兄ちゃん、大丈夫?」

 「うん、大丈夫、大丈夫。俺、会社辞めようと思うんだ。転勤届け出してもだめだしね」

 そう言いながらも、翌日の仕事のためにまた横浜へ帰っていった。そして、11月19日、とうとう2度と帰らぬ人となってしまった。(P22~23)

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