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職場を生き抜け!ビジネス

電通「過労自殺」を「ないもの」にしようとする人たち(3/8ページ)

2016.11.02

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会社は一貫して「過労死ではない」と主張

 「過労死事件」の概要は、このようなものです。

 1990年代後半、男性の編集者が死亡しました。20代半ばで、雑誌編集者として働き、数年が経った頃です。遺族(両親)は、それを「過労死」として受け止め、出版社を相手に損害賠償請求訴訟を行いました。

 裁判が進められましたが、東京地裁は双方に和解を勧告します。光文社が遺族である両親に7500万円を支払うことなどを和解条項としたものです。光文社は、それを受け入れたのです。

 当時の報道(2003年3月7日、朝日新聞など)によると、一方で、遺族は、月80時間を超える残業があったとして、労災申請をしました。中央労働基準監督署は男性の職場が、社員が勤務時間を決める「裁量労働制」を採っていたことなどを理由に、労災とは認めませんでした。

 しかし、厚生労働省が過労死の労災認定基準を見直したことにともない、中央労働基準監督署も、このケースを過労死と認定したのです。

 以下は、当時の毎日新聞の記事の一部を抜粋したものです。

<和解>裁量労働制で初の過労死 遺族と勤務先の光文社が(毎日新聞)

 勤務時間を本人の意思にゆだねる「裁量労働制」の職場で、初めて国から過労死と認められた雑誌編集者の遺族が、勤務先の「光文社」に1億6800万円の賠償を求めた訴訟は7日、会社側が7500万円を支払うことなどで双方が合意し、和解が成立した。光文社は一貫して「過労死ではない」と主張していた。
(毎日新聞 2003年03月07日)

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