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和田秀樹 サバイバルのための思考法ビジネス

人生後半のサバイバルのための勉強とは(4/8ページ)

2016.10.25

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どんなに社会的地位を得ても引退後に尊敬されなければ惨め

 さて、映画を作るつもりで医者になったし、精神科とけんかをして内科で研修を受け、医局というところに入るのが嫌で、地方の病院で内科のレジデントになり、そうこうするうちに、内科も精神科もできる医者を募集しているということで、浴風会という老人専門の総合病院に就職することになった。

 これは、私の人生において大きな転機になっただけでなく、私の人生観を大きく変えた。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、どんなに社会的地位を得たところで、引退してしまってからの人生は長いということを知ったからだ。

 この病院では、元大臣とか、元大企業の社長とか、元学会ボスの大学教授とかの最晩年を診ることになった。そんなに偉かった人でも入院しても見舞いに来てもらえない人もいれば、ずっと慕われ続けたり、尊敬され続けたりする人もいる。

 若いころは、一刻も早く映画監督になりたいと焦っていたが、この経験で、むしろ90歳を過ぎて監督をやっていた新藤兼人監督や市川崑監督のようになりたいとか、死ぬまで映画監督ができるようになりたいとか思うようになった。文筆家としても大ヒットを飛ばして忘れられるくらいなら、いつまでもしつこく書き続けられるようになりたいと思った。

 そう考えた際に、たとえば、仮に大学教授であれ、社長であれ、(極端にいえば総理大臣であれ)人生の目標としていた地位につけても、そこで満足していてはダメだし、そうなってからのほうが大切だし、あるいは、その地位を退いた後でも、まだまだ慕われたり、尊敬されたり、少なくとも話を聞いてもらえるレベル(院政のような権力構図で影響力をもつのではない。そういう場合、その権力を失うとやはり晩年惨めになることもわかったからだ)を保てなければ、結局、将来惨めな思いをするという人生観に達したのだ。

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