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和田秀樹 サバイバルのための思考法ビジネス

人生後半のサバイバルのための勉強とは(2/8ページ)

2016.10.25

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エリートコースなどというものはあてにならない

 ついでなので少し個人的な話をさせてもらうが、私はかなり早い時点から、勉強というものをサバイバル術として捉えていた。逆に星雲の志のようなものはほとんど抱いていなかった。

 小学校を6回も転校し、どこでもいじめられっ子になるくらいの嫌われ者(今でいうならアスペルガー障害――この診断名は使わなくなったが、自閉症スペクトラムというよりしっくりするので)だったし、体育もからっきしできず、ものすごい音痴、絵も下手くそだったので、勉強するしか生きる道がなかった。

 母親も向こう気の強い性格だったので、周りに合わせろとか、みんなと仲良くせよなどといわずに、「将来、何か資格でも取らないと食べていけないよ」と言うだけだった(勉強しろとは言わなかったが、この言葉のほうがやる気になったのは確かだ)。

 勉強して、エリートコースという発想を持たなかったのは、エリートコースなどというものはあてにならないと肌で感じる体験があったからだ。

 私の父親は、卒業した大学は二流だが、在学中の成績はよかったようで、当時としては一流企業だったカネボウに入社した。しかし、その後の繊維産業が凋落した上に、名社長(従業員の立場からは迷惑千万な社長)とされた伊藤某という人が、40歳昇給停止などを打ち出したために、家のローンが始まり、私も弟も私立の中学校に入っていたために、給料は変わらなくてもひどく貧しい暮らしをしたことが記憶に焼き付いている。

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