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ビジネスの進化に求められる業務革新とはビジネス

逆境の中から成功の秘訣をつかみ取る【後編】(1/4ページ)

2015.01.06

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前編から続く)

 先代社長だった父の急逝により、1984年に社長に就いた桜井博志氏。当時の旭酒造は経営不振にあえいでいた。その同社が、幾度もの経営危機を乗り越えて、今や24の国と地域に販路を持つグローバル企業に変貌を遂げつつある。会社の業績も、この10年で10倍と急激に伸びている。後半では、改革者としての桜井氏の足跡を追う。

小さな酒蔵だからこそ、できる勝負を考える

旭酒造株式会社 代表取締役社長 桜井博志氏

 「ピンチがいつも救ってくれた」。桜井氏は、これまでの道のりをこう評する。桜井氏が社長に就いたのは1984年。先代の社長である父の急逝を受けて、自ら起こした「櫻井商事」を人に譲り、34歳の若さで後を継いだ。しかし、そこには惨憺たる現実が待ち受けていた。

 当時の旭酒造は山口県内でも4番手のしんがりメーカー。ちょうどその頃、日本酒業界には焼酎ブームという逆風が吹き荒れていた。旭酒造の生産量は最盛期だった73年の約2000石(1石は1升瓶100本)から3分の1の700石に落ち込んでいた。

 その頃の主力商品は普通酒の「旭富士」。「当時は酒に等級があり、1級酒は大手メーカーの世界であり、旭酒造のような地方メーカーは需要の多い2級酒を主力としていました」(桜井氏)。

 「うちが無理をして普通酒を造り続けて、本当に社会的な価値があるのか?」――こんな自問自答を繰り返す中でたどり着いたのが、大吟醸への挑戦である。「酒蔵といえども企業です。企業である限りは社会的な貢献をしなければ存続する価値はない。我々ができることは、良質でおいしいお酒を造り、これをお客様に届けること。だったら、徹底的においしい酒にこだわろうと考えました」。桜井氏は自社の存在意義を、このように考え、これまで手がけてこなかった大吟醸の生産に着手する。小規模な仕込みでしか高品質を保てない大吟醸ならば、酒蔵が小さいことが強みにできると判断したのだ。

桜井 博志(さくらい・ひろし)
旭酒造株式会社 代表取締役社長
1950年山口県生まれ。73年松山商科大学(現・松山大学)経営学部卒業、西宮酒造(現・日本盛)入社。76年に旭酒造に入社するが、社長である父と対立して、いったんは退社。急逝した父の後を継ぎ、84年に旭酒造の3代目社長に就任。純米大吟醸「獺祭(だっさい)」を大ヒット商品に育て上げる。著書に『逆境経営――山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法』(ダイヤモンド社)がある。
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