トップ > 経営決断&IT戦略 強い経営者は今、何を考えているのか > 【高原豪久 ユニ・チャーム -前編-】 アジアで現地に密着した製品開発体制を作り、「地域内シェアNo.1」を達成する

経営決断&IT戦略 強い経営者は今、何を考えているのかビジネス

【高原豪久 ユニ・チャーム -前編-】 アジアで現地に密着した製品開発体制を作り、「地域内シェアNo.1」を達成する(1/5ページ)

2012.10.10

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 中国や東南アジアで紙おむつや生理用ナプキンの販売が順調なユニ・チャーム。創業者で父の高原慶一朗氏からバトンを受け取ったのが2001年、39歳のときだった。それ以来、アジアの新興国を中心に積極的にグローバル化を展開している。少子高齢化が進む国内市場、豊かさを手に入れつつある新興国市場。この二つの市場でどう勝負を挑むのか。前後編にわけて、高原豪久社長に強い経営者像を含めて話をうかがった。

インタビュー/長坂邦宏 nikkei BPnet編集
文・構成/宮島 理
写真/中野和志

本当にやるべき事業は何か、ムダはそぐ

――ユニ・チャームは過去6年間だけを振り返ってみても業績が順調に伸び、2012年3月期には売上高が初めて4000億円を突破、4280億円に達しました。営業利益も520億円。2012年4-9月期も好調のようですね。成功の要因はどこにあるのでしょうか。

高原豪久社長(以下、高原) それはきわめてオーソドックスなことだと考えています。私が社長に就任したのは2001年6月末でした。就任当初から、ユニ・チャームがやるべきことは何なのかということを徹底して考えてきました。

高原豪久 ユニ・チャーム株式会社代表取締役 社長執行役員 「国内だけで完結するという時代ではすでになく、国内と海外を分けて考えるのは意味がありません」

 まず、勝負をする前にムダなことをそぎ落とさなければならない。血が出ていたものを止血することから始めたわけです。そういう経営の原則を徹底しました。

 具体的には、ユニ・チャームの創業事業である建材事業をリストラしました。また、ユニ・チャームでは1960年代から多角化を進め、結婚情報産業、レジャー産業などにまで手を出していました。これは実現しませんでしたが、ゴルフ場の開発を計画していた頃もあります。

 そういう事業をたくさん抱えていましたので、事業を廃止したり、他社に売却するなどして、リストラを進めました。

 10年後のユニ・チャームをイメージしながら全体の設計図を練り直し、ユニ・チャームが本当にやるべき事業へ経営資源を集中させるべく、ムダなものを省いていったというわけです。こういう作業を地道に進めた結果、増収増益につながっていったのだと思います。

高原豪久(たかはら・たかひさ)氏
ユニ・チャーム株式会社代表取締役 社長執行役員
 1961年7月生まれ。愛媛県川之江市(現・四国中央市)出身。86年、成城大学経済学部を卒業後、三和銀行に入行。91年ユニ・チャームに入社。95年6月取締役、97年6月常務取締役にそれぞれ就任。2001年に代表取締役 社長執行役員に就任。創業家の2代目としてグローバル化を積極的に進め、米P&G、米ジョンソン・エンド・ジョンソンなど大手ヘルスケア企業との戦いに果敢に挑んでいる。
 著書に『賢人のビジネスリーダー力』(共著、幻冬舎)がある。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • ログイン
  • マイフォローとは?
nikkei BPnet 会員サービス
トピックを選ぶ!フォローする 自分のメディアを組み立てる! マイフォロー

ランキング一覧を見る

おすすめ情報【PR】

締切間近のセミナー