実際ビジネスの現場では、1人のミスを責めても何ら改善しないことが多い。偶発的なミスなら忘れてしまってもよいくらいだし、再現するミスの場合は、人的な問題にするより、そのミスが発生しづらくするように機構的な問題として対処した方がよい。
例えば、特定の人がよく計算ミスをするなら、そこだけ検算の工程を組んでおく。失言しやすい人は話す機会を減らすように段取りするなど、人的問題を機構的な問題に置き換えていくようにする。
自分がしでかしてしまったミスについても、当然、反省はするとしても、過剰に悩まないようにしたい。「疲れていたから」「自分には能力がないから」というように自分を責めても、現実的には、いつでも調子がいいわけでもないし、能力は一朝一夕につくものでもない。「運が悪かった」のが真実であっても、過去を変えられるわけでもない。自分を責めても何ら実質的な改善はない。

いらいらを撒き散らす人に影響されないように、日頃から意味のない感情を動かさない練習をしておく
ミスのうちに入らないといえば入らないのだが、些細な失敗で声を立てないようにすることは、日頃から意識して訓練すれば身につく。
例えば、机の上のコーヒーをこぼして書類を汚してしまったとき、「あー」とか奇声を上げる人がいるが、まったく意味がないどころか、ほかの人の仕事の邪魔になるだけだ。こういう時は、黙って立ち上がり、こぼれたコーヒーをさっさと拭けばよいだけのこと。黙って対処すればいいだけの失敗をことさら表現しないようにするのは大人の作法の基本だ。できていない人は、折りあるごとに訓練だと思って自制していくと、自然にこの悪癖は消える。
このほか、自らの小さな失敗や予想が外れた時に、「ちぇっ」とか「くそっ」とかつぶやくうるさい人もいる。漫画を地でやっているように滑稽だし、悪態をついても現実になんら影響を与えない。こうした癖がある人も自覚があるなら、やはり日頃の訓練でなくしていった方がいいだろう。
身の周りにこの手の人がいて、嫌だなと思う場合は、逆に「またか」と思うだけにして、感情の反応をしない練習にするとよい。
テクニカルライター。1957年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、同大学院で言語学を学ぶ。1990年前半友人と翻訳・テクニカルライティング事務所を経営。1994年末、インターネットによる遠隔地業務可能に合わせフリーランスとなり沖縄に移住。2002年東京に戻り現在に至る。「日経クリック」(現在休刊中)で10年間Q&Aを担当。日経トレンディネットネットで起きてる最新トレンド、およびGoogle調査隊のコラムを執筆中。著書、『ブラウザのしくみ』(技術評論社)、『Ajax実用テクニック』(ナツメ社)など。






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