三陸海岸で史上最悪の大津波
3月11日に発生したマグニチュード9.0の東日本巨大地震は、これまで経験したことのない、深刻で苦痛に満ちた被害をもたらした。その特徴は、「大津波の猛威」、「原発の暴走」、「建物等の圧壊」、「超広域に及ぶ被災地」、「首都機能への影響」という五重苦にある。
阪神大震災の死者・行方不明者は6400名を超えた。これに対して、東日本巨大地震の死者・行方不明者は、全国紙が伝えるところでは、最終的には数万人にも達する可能性がある。分かりやすく表現すれば、阪神大震災に匹敵する被災地が5〜10ヵ所生まれたようなものだ。まさに未曽有の国難である。
凄まじいのは、大津波による壊滅的な被害である。宮城県南三陸町で1万人の所在が不明。ほかに、岩手県田野畑村、大槌町、山田町、大船渡市、陸前高田市、および宮城県気仙沼市、女川町、石巻市、東松島市、仙台市若林区、名取市、さらに福島県相馬市、南相馬市などで甚大な被害が発生した。
私は岩手県の出身で、小学時代を宮古市、中学時代を釜石市で過ごした。その宮古も釜石も、大津波により、港の近くに立つ家屋が破壊され、流されてしまった。私の同級生、そのご家族は助かったのだろうか。元気なのだろうか。とても心配だ。
明治29年(1896)の三陸大津波では、死者は約2万2000人に達した。そのうち、岩手県が1万8000名、宮城県が約3500人だった。今回はそれを上回る最悪の大津波になりそうな気配である。



