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小泉内閣時代に国民全体の手取りは14兆円も減った

 では、小泉構造改革とはなんだったのか、まず数字から見ていくことにしよう。

 小泉純一郎氏が総理大臣の座にいたのは、2001年4月から2006年9月までのことである。その5年半の間に、構造改革の進行によってわが国の経済は高成長を遂げたと言われているが本当だろうか。そこで、2001年1〜3月期と2006年7〜9月期と比較すると、実質GDPは507兆円から550兆円へと43兆円増えていることが分かる。伸び率にして8.5%増。年平均成長率は1.5%である。振り返ってみるとたいした成長ではない。

 ところが、昨年のリーマンショック以降のたった半年間で、実質GDPは40兆円も減少してしまった。5年半をかけて痛みに耐えてようやく43兆円をかせいだのに、そのほとんどが一瞬で吹き飛んでしまったことになる。構造改革派の人びとは、その原因を構造改革の後退あるいは不徹底というが、そもそも構造改革自体が砂上の楼閣だったのではないか。バブルでふくらんだ成長が、バブル崩壊によってしぼんだだけなのである。

 では、その間の雇用者報酬はどうなったのか。雇用者報酬は名目値でしか発表されないので、名目GDPと比較してみよう。

 名目GDPは、小泉構造改革時代に、501兆円から507兆円へと6兆円の増加。伸び率は1.5%であり、年平均成長率は0.3%にすぎない。ほとんど増えていないのだが、雇用者報酬の数字はもっと悲惨である。小泉内閣の5年半で、雇用者報酬は271兆円から266兆円へと5兆円の減。マイナス1.9%になっているのだ。GDPが6兆円増えても、労働者の収入は逆に5兆円減ったのである。

 しかも、その間に、厚生年金や健康保険などの社会保険料の負担が4兆円増え、定率減税の廃止や配偶者特別控除の廃止などで5兆円の増税が行われた。収入が5兆円減って、負担が9兆円増えたのだから、国民全体の手取りは、合計で14兆円も減ったことになる。これでは、いくら景気が回復したといわれても、国民が実感できなかったのは当然のことだ。

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