出雲空港から車で約20分。水田と里山を縫うように走ると、島根県斐川町の斐川西工業団地が見えてくる。板金加工業を営む須田工作所はその一角に工場を構える。社長と従業員8人の小さな会社だが、10年間で売上高をおよそ3倍に伸ばし、年商は今年、1億円を超える見通しだ。「長らく自宅の作業場で父と2 人、家内工業のようにやってきたが、今では自社工場も構えている。一時はジリ貧になりかけたが、いろいろな人や制度に助けられてここまで来られた。」須田洋一社長は感慨深げに10年の歩みを振り返る。
1964年に須田社長の父が創業した。須田社長は、高等職業訓練校を経て、75年に夜間高校を卒業すると、すぐに家業を手伝った。
やがて経営は安定し、92年に法人化する。しかし、その矢先にバブル経済の崩壊で仕事が激減。追い打ちをかけるように96年には父が亡くなる。後を継いだ須田社長は、事業の先行きを思い、悩んだ。
















