私には、この春、高校三年生になる息子がいる。学校では、第二外国語として中国語を学んでいるという。時折、家でなにやら中国語の単語を発音している。私が英語以外の言語を学ぶようになったのは大学に入ってからのことだった。それからみれば、今は国際化が進んでいるのだろうか。当時、第二外国語といえば理系ならドイツ語、文系ならフランス語が定番だった。それ以外の言語を第二外国語として選択する学生は、極めてまれだった。この四半世紀で、グローバル化という言葉の意味合いも随分と変わってきたものだ。高校生でも中国を身近に感じるようになったとは隔世の感がある。
江戸時代には、「読み・書き・そろばん」が学問の基礎となっていた。私が大学生のころ、社会人の先輩から、「今流の読み・書き・そろばんとは、“英語(論文を読み、海外の情報を入手すること)”と“プレゼン(論文を書くだけでなく、人前で説明すること。つまり説得力)”、それに“コンピュータ”」だと教わった。その通りだと、当時、思った。英語とコンピュータに対して苦手意識をもつことは、社会人として弱みになるんだと、学生ながらにして危機感を覚えた。
では今ではどうか。現代版の「読み・書き・そろばん」とは何だろう。英語をしゃべれること、人前でプレゼンすること、そしてコンピュータを操ることは、どの社会人にも、できて当たり前の基礎能力となっている。これからの社会人は、それだけでは足りない。今の若い人にとっての「そろばん」とは、単にパソコンを使いこなすのみならず、モバイル機器を駆使し、SNSやツイッターなどの新メディアを駆使することをさすのだろう。そして「読み」「書き」については、英語に加えて、中国語という要素が多分に入ってくるはずだ。日本の産業界において、それほど中国の存在感は増しつつある。
















