私はこうしてアピールしてきた ― 秦 建日子 氏
30歳目前で勤めていた会社を飛び出した秦建日子さん。1年後にはゴールデンタイムのドラマで脚本家デビューした。ベテランにはない売りで戦い、相手の心理を読み切る究極のアピール戦術を伝授する。

Takehiko Hata
1968年生まれ。90年早稲田大学法学部卒業後、ジェーシービー(JCB)に入社。劇作家のつかこうへい氏と出会い、師事。93年に戯曲家・演出家としてデビュー。97年にJCBを退職。98年に「火曜サスペンス劇場」でゴールデンでの脚本家デビュー。演劇ワークショップ「TAKE1」を主宰し、新人俳優の養成にも取り組む。
(写真:澤田聖司)

「HERO」「救命病棟24時」「天体観測」「最後の弁護人」「共犯者」「ラストプレゼント娘と生きる最後の夏」「87%」「ドラゴン桜」「ジョシデカ!」「ホカベン」など。2004年『推理小説』で小説家デビュー。同作は2006年に「アンフェア」のタイトルでテレビドラマ化。同年『チェケラッチョ!!』の小説と映画脚本を執筆。
実力以外で勝負する
「30歳の壁」は多くのビジネスパーソンにとって大きなものだ。目前に迫ってくると、あれこれ悩む。このまま会社に残るか。飛び出すなら30歳までじゃないか。いや、会社にいながら好きなことをした方が安全だろうか…。
ジェーシービー(JCB)に勤めていた秦建日子さんは、会社にいながら好きな芝居の活動を続けていくつもりだった。ところが30歳目前のある日、異動を命じられ、その日のうちに辞表を提出した。
「背中を押された気がした。もし異動にならなかったら、あのまま勤めていて、今でも細々と芝居をやっていたかもしれない」
食べていけなくなり、一番食べていけそうなテレビドラマの脚本家になろうと決意。ゴールデンタイムでのデビューを果たしたのは、退職からわずか1年後である。短期間での目標達成を可能にしたのは、「実力以外で勝負する」という意外なアピール戦術だ。
「実力なんかで勝負しちゃいけない」と秦さんは語る。若手が陥りやすい実力主義、勉強好きを根底から覆すアピール法を授ける。

自分ができるか、できないかじゃなく、この人についていって勝負すると決めたのだから、「ハイ」しか言わないと決めていました。そうしないと大きなチャンスは転がってこない気がします。















