(前回から読む)
前回は、平成建設工務部主任・渡邉徹らの大工仕事を選ぶまでの経緯と、常識や世間体にとらわれない強さについて触れた。今回は渡邉の仕事ぶりと、京大ラグビー部での彼のプレースタイルの共通点、そして秋元社長の「行き過ぎた分業化が利益相反をまねく元凶」説を紹介する。
人目につきにくい仕事へのこだわり
「徹ちゃん、つなぎの部分が折れてるのを直しといて」
現場の親方からそう声をかけられた渡邉徹は、さっそく修正作業にとりかかる。アイボリー色の作業着と白いヘルメット姿の彼が歩く度に、その振動で、腰に巻いたカーキ色の工具ベルトがカシャキシャカシャキシャと鳴る。そのベルトに縫い付けられた複数のポケットの中で大小の釘や、メジャーなどが音をたてるせいだ。
静岡県沼津市内にある中学校の体育館、その耐震工事の現場に渡邉はいた。広さ約1300平方メートルの体育館の基礎補強が目的。体育館の舞台と平行に、床下1750ミリ、幅約1メートルの型枠6本が、ちょうど建物全体を串刺しにする格好で敷設され、建物のコンクリート柱の外側まではみ出している。
型枠とは、今回の場合、鉄筋コンクリートをきれいな角柱形に仕上げるための鋳型(いがた)のこと。合板を壁のように立てて並べて、それと並行して金属のパイプなどを通して補強することで支え、そこに流し込まれた生コンクリート(生コン)が固まった時点で撤去される。その型枠を上から覗くと、何本もの鉄骨がじつにきれいに張りめぐらされていて、素人が見ても職人芸だと分かる。
冒頭で監督が渡邉に指摘した「つなぎ」とは、体育館外側に1メートル50センチほど伸びた型枠の、合板と合板のつなぎ目のこと。それが「折れてる」とは、きれいにな直線にならずにズレているという意味だ。
水を含んだ生コンはかなり重い。このズレた状態で生コンを流し込むと、ズレたまま固まってしまうか、下手をすればそこから生コンがはみ出てしまう怖れもある。今回はコンクリートの打ちっ放し状態で仕上げになるので、体育館の床下なら見えないが、体育館の外側は目立つ。その断面をいかにきれいに仕上げられるのかは、多能工が担う建物の基礎工事では、仕事の完成度を左右する。

渡邉は長さ10センチ弱の木片をノコギリで切り出し、合板のつなぎ目とパイプの狭間にはさみ込み、その強度を確認しながら木片の厚さを微調整して、あっと言う間にそのズレを修正してみせた。あるいは体育館の壁に沿って、型枠と型枠の間に長さ約2メートルの金属パイプを渡して補強する際だった。両方の型枠を支えるそれぞれの角材に、メジャーで測ることなく3〜4回ゲンノウ(金づち)を軽く振るっただけで、素人目には2つの釘がほぼ同じ高さで垂直に打たれていた。
渡邉の話だと、当日は彼が担当する木造住宅で作業するはずだったが、雨の天気予報で仕事にならない可能性があり、急きょ、この現場を手伝うことになったという。
上物(うわもの)と呼ばれる建物部分を作る大工仕事は、素人が見ても分かりやすい。それに比べて、渡邉ら多能工の職人たちが担う基礎工事の部分は、この日の耐震工事に限らず、床下や壁、階段など人目につきにくく、その精度がわかりづらい。やはり、この仕事が本当に好きでないと、なかなか続けられないだろう。
まず失礼を詫びた上で渡邉にそう尋ねると、確かに、そうですねと彼は鷹揚に苦笑いで受けとめた後、きっぱりとした口調でこう続けた。「でも、ウチの工務部(多能工が所属する同社の部署名)の人たちは、みんな、この仕事が好きだと思いますよ」
一見かなり地味ながら、正確さと美しさを厳しく求められる多能工職人たちの仕事。その適性は、渡邉の学生時代に見つけることができる。






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