(前回から読む)
大卒でも大工になれる会社として人気を集める平成建設。前回は主に、今春採用された新入社員たちの声を紹介した。今回は渡邉徹と彼女らの入社経緯に触れる。それは平成建設のユニ―クな事業モデルともつながっている。
おまえ、京大の大学院出るんだぞ
「おまえ、京大の大学院出るんだぞ!」
京都大学大学院の修士1年目の3月、渡邉徹が両親に自分の就職先を伝えた時、父親は開口一番そう言った。その苛立ちが渡邉にも伝わってきた。父親の勤める建設会社には、大卒の現場作業員などいなかったからだ。大阪府箕面市にある実家で、平成建設から内定をもらってからの事後報告だった。
「いや、そうだけど…、現場で働きたいんだ」
息子は自分の意思をはっきりと伝えた。そもそも、渡邉が京大で土木工学を学んだのは、建設会社に勤務する父親の影響だった。ダムや橋梁などの大規模土木工事も手がける会社で、父親は現場監督だった。昔、宮崎サファリパーク工事の際の話を、父親から聞いたことがある。通常の建築より規模が断然大きい工事現場で、大勢の部下を動かす父親に息子は漠然と憧れていた。
その気持ちに少しずつ変化が表れる。中学生までは明朗快活な性格だった渡邉は、高校に入ると引っ込み思案になり、ラグビー漬けの生活に明け暮れる。まず、自分は人前に立つようなタイプじゃないという想いがふくらんだ。大学に入ると、巨大な土木工事より、人が暮らす住宅建設の方が仕事の成果が見えやすいと考えるようになる。
ただし建築といっても、設計・監督・現場作業などに分けられる。どれが自分に一番合っていて面白いと思えるのか――。そう考えると、現場で、自分の手で作ることができる仕事がいいという結論にたどり着いた。
世間的には、京大の大学院卒にふさわしい進路は設計士だろう。正直に言えば、そんな先入観と自分の結論との間で多少の葛藤はあった。しかし体力には自信があったし、何より身体を動かして働くのも好きだった。大学時代もラグビー部の練習以外に、家庭教師ではなく肉体労働のアルバイトに精を出した。パチンコ屋やホテルの深夜清掃で、汚れた床や厨房機器をピカピカにするのが快感。現場仕事が性に合っていた。
ある日、インターネットで「大工」で検索すると平成建設がヒットした。大卒でも大工になれる会社があるんだ、という発見に気持ちが躍った。面接では実際に現場で働いている社員らが話してくれて、作業内容もよく分かった。渡邉の予想以上に若い社員が多く、会社も増収増益で勢いがあると感じた。

そんなに有名な会社じゃない、でも面白そうだな…、ここしかない、と渡邉の気持ちが固まった。
2人兄弟の次男として、地元・大阪の工務店への就職も考えた。だが、「京大の大学院まで出てて、なぜ大工に?」と絶対に聞かれるだろうし、「現場で働きたいんです」と言っても、なかなか理解してもらえないだろう。そう思うと、急に面倒臭くなった。






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