グループで問題が発生したり、同僚が問題に直面していている時、「自分なら正解を知っているのに」と思うことがある。あるいは、周りの人が効率悪い作業をしていると、「自分は改善策を知っているのに」と思うこともある。それでも、あえて教えずに黙っている方がよいことがあるものだ。知恵の出し惜しみでも意地悪でもない。正解であっても口出ししない状況をわきまえることで、より広い視野から見て効率が上がることもあるからだ。
正解が相手を混乱させる可能性がある時
車を運転していて道に迷った時、助手席の人から「あっちの道だ、いやこっちの道だ」とタイミングを外して言われると運転の妨げになる。まして指示をする人が2人いて、違ったことを言えば運転手はさらに困惑し、危険なことにもなりかねない。
会議でもプロジェクトを進めていく時でも、似たように滑稽なことが起きる。こうした場合、自分が正解を知っていても、主導者やその他のメンバーを混乱させる可能性があるなら、黙っている方がよい。その結果、不合理な手順になったり多少のロスが発生することもあるが、口頭だけの正解がもたらす混乱は避けられる。
同僚がパソコンのアプリケーションを変な手順で使っていたり、不適切なアプリケーションを使っているのを見て、「もっと良い手順やアプリケーションがあるのに」と知っていても、そのより良い手順の作業に相手が慣れるまでに時間がかかったり、前提の技術の習得が難しかったり、善意で教えることが誤解を招きやすいといった状況なら、これも黙っていた方がよい。
自分にとって正解であっても、他人にとって正解ではないことは多い。客観的に正解であっても、多数の主観では正解ではないこともある。多数決で否定されてしまう正解というものも存在する。






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