睡眠といえば、体を休め、そして脳を休める、いわば全身の休憩時間のように見える。
しかし実際には、睡眠は脳にとっては積極的な「行為」である。眠っている間は、身体こそ休息しているが、脳はほぼフルに稼働している。つまり、ニューロンは我々が眠っている間も休止していないのだ。
睡眠中に脳はフル稼働している
睡眠中に脳が何をしているのかについては、まだ疑問な点も多く、現代の脳科学でも決定的な答えは得られていない。しかし、睡眠の役割の少なくとも一つは「記憶の整序と固定化」にあるといわれている。
実際、記憶が睡眠によって強固になることを示す実験データは少なくない。2008年11月の「記憶&学習」誌に報告されたシカゴ大学のブラウン博士らによる研究も、そうした睡眠の効果を裏付けている。
ブラウン博士らは大学生207人を募って、テレビゲームの成績を測定した。仮想空間で、徘徊する敵をできるだけ多く倒すというゲームである。
敵は自分の命を狙ってくる。それをかわして攻撃を仕掛けないといけない。左手のキーボードで方向カーソルを押して移動し、右手のマウスで狙いを定めて発射する。そんなゲームを朝9時から10時まで、60分間練習してもらう。
12時間後、つまり夜の9時に再度ゲームをやってもらう。すると平均スコアはほぼ50%に低下していることが分かる。訓練後にブランクをおけば成績が低下するのは、日常的に経験していることだ。
ところが面白いことに、その後、約7時間の睡眠を取ってもらい、翌朝9時に再びテストすると、前日の訓練直後のレベルにまで、ほぼ成績が戻っていることが分かる。これが睡眠の効果だ。
睡眠前に訓練すると成績が20%アップ
さらに面白い事実がある。ゲームの訓練を朝9時ではなく、夜9時に60分間やってもらう。その後7時間の睡眠を取ってもらって、翌朝9時に再試験をすると、同じく12時間のブランクがあるにもかかわらず、成績が低下するどころか、なんと約20%ほど上昇することが分かる。
しかも、こうして睡眠によって増強された能力は、さらに12時間後、つまり翌日の夜9時に再テストしても、増強は保持されたままだった。
確定的な結論を導くのは性急かもしれないが、この実験結果は示唆にたいへん富んでいる。なぜなら上記のデータは、「睡眠の効果を最大限に利用するためには、睡眠直前に習得した方がよい」とも解釈できるからだ。
実際、私は就寝前の60分は仕事に充てるよう、普段から気をつけている。本当に効果があるのかどうかは自分でもわかないが、いわば一種の「おまじない」として、随分と以前から実践している。
ヒトは生涯の30%ほどを寝て過ごす。一見、無駄とさえ思えるほどの膨大な時間を、睡眠に費やしていることになる。睡眠という不思議な「脳現象」に、私たち脳科学者たちが魅せられるのも、何となく想像していただけると思う。
東京大学大学院薬学系研究科准教授。1970年静岡県生まれ。記憶や発想など、脳の働きを分かりやすく解説することで定評がある。著書に『記憶力を強くする−最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』 『進化しすぎた脳』(ともに講談社ブルーバックス)、『海馬−脳は疲れない』(新潮文庫・共著)、『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)など。





