行動経済学はこれまでの経済学とどう違うのか。私たちの仕事や生活をどう変えるのか。この分野の研究者として名高い、米カリフォルニア工科大学のコリン・カメレール教授に聞いた。
フリードマンを否定する
Q 行動経済学とはどんな学問ですか。既存の経済学とどう違うのでしょう。
A 行動経済学の基本的な考え方は、ミルトン・フリードマン(*1)氏の主張を否定することから始まります。彼は「人間の選択や情報処理が合理的になされるという基本的仮定を、必ずしも検証する必要はない」と考えていました。理論モデルが経済を適切に予想できるなら、仮定が妥当かどうかの議論は必要ないというわけです。
*1 ミルトン・フリードマン
20世紀後半の主要な保守派経済学者。規制のない自由主義経済に基づく「小さな政府」を提唱。1976年ノーベル経済学賞受賞

フリードマン氏の言う通りなら話は簡単でよいのですが、現実には、経済理論では説明がつかない現象がたくさんあります。そうした現象を説明できる経済理論を再構築するためにも、(人間の実際の行動を重視する)行動経済学や神経経済学(*2)は極めて有用です。
*2 神経経済学
意思決定の際に脳がどのように機能しているかを検証する行動経済学の一分野
新古典派経済学(*3)の理論が出てきた20世紀初頭には、脳の中を観察することなど不可能だったので、人は合理的判断をするという仮定の下に議論を進めるしかなかったのです。でも、近年のfMRI(*4)技術の発達により、脳の働きと経済行動のつながりを計測できるようになったので、行動経済学が発展する素地ができました。
*3 新古典派経済学
古典派経済学の理論を継承、発展させた理論体系のこと。各経済主体の合理的行動を前提とし、市場機構による需給均衡を重視する
*4 fMRI (functional Magnetic Resonance Imaging)
MRI(磁気共鳴画像装置)を利用して、脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法。外部からの刺激によって活動した脳の様子を確認することができる
Q 行動経済学は社会にどのような影響を与えますか。
A 人間の感情と行動を科学的に分析するようになれば、社会政策に応用できるでしょうね。米国では多くの政策論議が宗教団体や政治団体の利害に沿って行われがちですが、意思決定のプロセスに関連する脳の各部の働きが分かれば、本当に良い選択とは何かについて、もっと根拠のある議論ができるようになると思います。
ほかにも例えば、同僚が進めている研究に、10代の若い母親たちを対象にした脳科学の調査があります。自分の子どもが泣いている時の写真を母親に見せ、その脳の活動を観察するのです。母親に、同情心や「助けてあげたい」という悲しみがわき起こっているのか、それとも「どうしたのよ!」という怒りに近い感情を持ったのかを分析しています。こういう研究が進めば、いい母親になるための具体的な施策が打てるようになるでしょう。














