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人を組み替える

2014.08.01

理髪師の身分が高かったのはなぜか

古瀬 幸広

事業者さん向け、ITとの間違いのない接し方

信用 成長戦略 リーダー IT 言葉 顧客 効率 危機管理

会社へのリベンジを防ぐために

世界のどの地域の歴史をひもといても、時代が古いとたいていは王政だ。王と貴族が統治をする。そして生まれ育ちと職業で、身分が決められている。金と力のある層の身分が高いのはわかりやすいが、意外に地位の高かった職業がある。理髪師である。

古代エジプトの王は理髪師を側近に抱え、厚遇した。そうしなくてはならない理由が、王の側にあったのである。理髪師は暗殺もできる武器を手にしながら、合法的に王に近づける唯一の職業だ。不満をもたせてはならない。権力をもっていると、お洒落も命がけになる。

さて、2014年7月に問題が表面化したベネッセコーポレーションの個人情報漏洩事件を、他人事だと思えない人に向けて、この原稿を書いている。ベネッセ事件は内部犯行だった。個人情報を扱う部署は、現代の理髪師である、というお話だ。絶対に必要である上、会社を危うくする武器をもっているからである。

犯人に取材したわけではないので類推にすぎないが、「お金に困っていた」という犯人が挙げた理由は、直接の動機にすぎないと思う。間接動機というか、彼が置かれていた状況を理解しておく必要がある。

この事件の詳細を知って、私は「やっぱり」と思った。個人情報を取り扱う担当部署が子会社化されて、本社から遠い位置にある。そして犯人は派遣社員だ。

言葉は悪いが、「下っ端の下っ端」に、会社の命運を握る情報を扱わせていたわけだ。労働環境も悪かっただろう。これも想像だが、けっして見栄えのしないビルの窓のない部屋に、ほとんど軟禁状態で仕事をしていたはずだ。

お金に困っていただけでなく、心のどこかに「リベンジしてやる」という気持ちがあったのではないだろうか。突然、他社から横すべりしてきた社長は、立派なビルの眺めのいい広々とした部屋で、美人の秘書もついて仕事をしている。

自分はといえば、身分は不安定な派遣のままで、窓のない部屋にこもっての仕事だ――これが私の想像する間接的な動機である。

幹部にしろ、とは言わない。組織上は子会社でもいいが、ともかく「働く場所」を本社のど真ん中にすべきだったと思う。みんなの目に触れて、そしてみんなから「いつもありがとう」と言ってもらえるところに配置すべきだ。

きっと彼も、周囲の目があり、毎日のように社長から激励されていたりすると、ああいう行動には出なかったのではないかと想像されるのである。

重要なのは給料ではない。評価だ。正しく期待され、正しく評価されていれば、人間はそうそう裏切らない。「内部犯行は会社へのリベンジである」というのが、私の仮説である。防ぐには、正しく評価し、正しく扱うことである。

とかく日本企業は、情報関連部署を「目立たないところ」にとじこめてしまう。隅っこにとじこめるのが、とても気になっている。

周囲の目がないと、犯行の誘惑もそれだけ増す。個人情報を取り扱う部署を、本社のど真ん中に配置し、ガラス張りの部屋にするほうがいいくらいである。

定刻通りの運行にお礼を言うセンス

そしてもう一つ、「定刻通りの運行」に対して、お礼を言うセンスが必要だ。事故などで電車が遅延すると、駅員に向けて怒鳴っている人を見かける。

まあ、それはそれでもいいだろう。しかし、遅延に怒鳴るなら、定刻通りの運行に対しては、心からお礼を言うべきだ。「今日もダイヤ通りでありがとう」と。そうでないと、バランスが悪い。

会社の情報関連部署に対して、定刻通りの運行にお礼を言っているだろうか。トラブルがあったときだけ強烈に叱責し、あとは知らん顔をしているということはないだろうか。

新幹線が定刻通りに運行できているのは、前夜に線路を保守する人から車内を清掃する人まで、ほんとうに多くの人たちがシステムを守っているからである。同じように、今日もメールが届くのは、情報関連部署がメンテナンスをしているからだ。

会社の中で目立つのはトラブルがあったときだけで、上司からは叱責の声しか聞いたことがない、というのでは、モラールもモラルも下がって当然である。

理髪店が掲げる赤・青・白の三色ねじり棒は、赤が動脈、青が静脈、そして白が包帯であるという。その起源には諸説あるが、理髪師がカンタンな外科手術もこなす存在だったことが、三色ねじり棒の誕生に関係している。

経理にも、帳尻をあわすだけの守りの経理と、今後の会社の成長を予測する攻めの経理がある。個人情報管理にも、攻めもあれば、守りもある。理髪師がヒゲを剃っていただけではないように、個人情報管理部署も、けっして「名簿を管理しているだけ」の部署ではない。

毎朝社長から「あなたのおかげで、昨日も売上があがった。ありがとう」「もっと売上をあげるにはどうすればいいか、思いついたら教えてください」「体調はどう? 会社の命運はあなたにかかっているんだよ」と直接声をかけられていたらどうだったろうか、と思わずにはいられないのである。

プロフィール

古瀬 幸広 (ふるせ ゆきひろ)

1960年奈良県生まれ。ジャーナリスト、批評家、情報学者、情報アーキテクト。東京大学文学部在学中から、科学技術と社会・文化を対象にしたジャーナリストとして活躍。1980年代は日本語の情報化に、1990年代はインターネットの普及に、2000年代はコミュニティマーケティングの開発に貢献した。『ネットワーカーズハンドブック』(翔泳社、1991)、『ハイテク商品失敗の研究』(実業之日本社、1994)、『インターネットが変える世界』(共著、岩波新書、1996)、新刊に『仕事がはかどるPC入門─サプライズGuideシリーズ』(アントレックス)など著書多数。イワン・イリッチのConvivialityに「共愉」という訳語をあてたことで知られる。『日経トレンディ』の連載「古瀬幸広の実験工房」は24年目に入る長寿連載である。 2004年にはコミュニティマーケティングの嚆矢と評価の高いリエータカフェを開発。タニタと共同し、世界で初めてBluetoothでネットにつながる体組成計も開発した。2006年インフォリーフ株式会社(InfoLeaf Inc.)を設立。同年、新しいブログ&データベースモデルを組み込んだコミュニティサイト・My Cosmosを開発。2010年にはEco Japan Cup 2010の環境ビジネスベンチャー・オープンにて「直販所POS統合型マーケットプレイスの運営」で141応募中の1位を獲得。農産業・水産業・林産業の支援と、それによる里山保全というテーマにも取りくんでいる。 2011年、TwitterやFacebookの最新情報をテレビに自動表示する情報テレビシステムを開発し、特定非営利法人グローバル・コロキウムとともに、東北地方太平洋沖地震・福島第一原発事故の被災者支援に活用した。現在、RDBMSの欠点を克服し、クラウドとビッグデータに対応できる新しいデータベースモデルの開発にも取り組んでいる。