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人を組み替える

2014.06.20

「好き」から始めるインセンティブ不要経営

楠木 建

競争のために一番大事なこと

競争 差別化 意識改革 成長戦略 違い 危機管理 オーナー 生産性

前回の続きです。「良し悪し」がなぜダメかというと、論理が直観を妨げるからです。重要な戦略的意思決定ほど、直観に依存する度合いが大きくなる。「好き・嫌い」を自分で問い詰めていかなくては直観力が出てきません。

言い換えるとそれは分析と総合の違いともいえます。「この事業をやるのか、やらないのか」という判断は、とても多元的な意思決定になります。これを分析的に行おうとすると、まず、要素に分解するところから始まります。

これがいかにマズいかは、結婚を例に挙げるとよくわかります。結婚相手を良し悪しで、つまり分析的に決めようとすると、相手の価値を容姿、性格、職業といった要素に分解することになります。

容姿にしても実に多元的なので、さらに体型、顔立ち…といった調子で分解していくと、一人の女性にだいたい5200ぐらい要素が出てくる。それぞれに評点付けをして、重要性も異なるのでそれらを加重平均して、一番高い評点をとった人が結婚相手にふさわしいということになります。

それで結婚してうまくいくとはとても思えません。たいていは「まあこいつだな」で決めた相手と結婚して幸せになる。つまりは直観であり、直覚です。

そういう時の直観力は「そもそもこの問題は良し悪しには頼れない」というところからでてくる。良し悪しに頼ると、直観が衰え、無意味な分析に終始しかねない。

さらにいえば、好き嫌いにはインセンティブが不要で、コストが圧倒的に安い、というメリットがあります。

そもそもインセンティブという考え方が、「目標を達成したら報酬」、つまり「良いことをしたら評価する」ということですから、良し悪しの帰結です。インセンティブを与えるためにはお金を始めとするさまざまな経営資源を使わなければならない。

これに対して、「好き」は内在的なもの。カネの多寡にかかわりなく、本人が好きでどんどんやる。そちらに注目した方が成果も出るしコストも安い。こんないい話はないでしょう。

インセンティブでお金をもらっても、最初は嬉しいですが、1週間もすればどんどん慣れて、限界効用が低減していきます。

インセンティブは外在的な報酬だから、慣れて麻痺してしまう。でも、「好き」なことはやればやるほど好きなことが濃く分かってきますから、時間軸で考えればむしろ効果が上がる。時間経過に対する効果の変化も「好き嫌い」と「良し悪し」の重要な違いです。

もちろん程度の問題はありますよ。年収500万円の人が5億円もらえるといったらそれはそっちにいくでしょう。

でも、会社のインセンティブ設計ってせいぜい年収500万円をがんばり次第で600万円にするとか、その程度のことじゃないですか。それなら、インセンティブ設計にコストと時間をかけるよりも、「好き」のドライブに訴えた方がいい。

だからといって「好きなことをやっていいよ」と放っておくと「かつ丼より天丼が好き」みたいな、超具体的な話になってしまいますが、ここは誤解しないでいただきたい。

前回もお話ししたように、その人の「好き」を支えるロジック、メカニズムを見てあげるということが必要なのであって、それが経営者の重要な仕事なんです。

短期集中型のプロジェクトを実施して、成果を出して、お客様に評価されるというサイクルを短期間で回すのが好きな人もいれば、日々同じことをコツコツと繰り返して会社全体がうまく動くように支える働き方が好きな人もいる。

仕事の好き嫌いというのはそういう論理レベル、抽象レベルに引き上げないと本当のところは分からない。その意味で「好きなことをさせてあげる」のが経営です。逆に言えば、「営業と内勤どっちが好き?」というのは最悪の選択です。

所属部署というベタベタに具体的な次元で人の好き嫌いを定義するのは愚の骨頂なのですが、このことに大半の企業は気がついていません。

人間が仕事をしていくことは、自分の好き嫌いの本質を自分でずっと探していく、自分で発見する長いジャーニー(旅)のようなものです。

すぐ分かってしまっては面白くない。今の自分は何を「良し悪し」で動いているか、何を「好き嫌い」で動いているかを棚卸ししてみてください。

あまりにも「良し悪し」で考えすぎていないか、アウトサイドインになりすぎていないか、という視点から、あらためて自分の「好き嫌い」について、抽象度をあげて考えてみてください。それが、小さな組織の経営者にとって大切なことだと思います。

Image (c) olly - Fotolia.com

プロフィール

楠木 建 (くすのき けん)

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。ブックオフコーポレーション株式会社社外取締役。全日本空輸株式会社経営諮問委員。マネックス証券株式会社アドバイザリーボードメンバー。1997年から2000年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。1994-1995年と2002年、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授を兼任。専攻は競争戦略とイノベーション。2010年5月に発行した『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)は、本格経営書として異例のベストセラーとなり、「ビジネス書大賞2011」の大賞を受賞した。