トップページインタビューリワーク・プログラムが浸透してきた一方で うつ病の二極化や増加が新たな課題に 第1回(2回連載)
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リワーク・プログラムが浸透してきた一方で うつ病の二極化や増加が新たな課題に 第1回(2回連載)

2014.08.26   国立精神・神経医療研究センター理事長・総長 樋口輝彦 氏

樋口輝彦 氏
国立精神・神経医療研究センター理事長・総長
樋口輝彦 氏
1972年 東京大学医学部卒業。
1976年 埼玉医科大学精神医学講座助手。
1981年 マニトバ州立大学医学部生理学教室神経内分泌研究室留学(カナダ)。
1983年 埼玉医科大学精神医学講座講師。
1989年 群馬大学医学部精神神経学講座助教授。
1994年 昭和大学藤が丘病院精神神経科教授。
2000年 国立精神・神経センター国府台病院院長。
2004年 国立精神・神経センター武蔵病院院長。2
007年 国立精神・神経センター総長。
2010年 現職
[公 職]日本学術会議会員

「うつ病リワーク推進協議会」では、2010年から東京、大阪、名古屋において、計6回にわたるメンタルヘルス・シンポジウムを開催してきた。うつ病の治療、リワークのあり方、そしてうつ病が増加しているとされる社会背景にまで踏み込み、精神科医をはじめ、産業医、医療従事者、患者など、それぞれの立場で考えてきた。

2回連載の1回目は、「うつ病リワーク推進協議会」の特別顧問を務める国立精神・神経医療研究センター理事長・総長の樋口輝彦氏に4年間の活動を振り返っての思い、うつ病の現状や課題などについて、お話を伺った。
(構成:21世紀医療フォーラム取材班 但本結子 文責:21世紀医療フォーラム事務局長 阪田英也)

職場復帰を支えることが リワーク・プログラムの原動力に

4年にわたる「うつ病リワーク推進協議会」の活動を振り返って、現在、樋口先生はどのようなことをお感じになっていらっしゃいますか。

樋口 2010年当時はもちろん、10年ほど前までは「リワーク」という言葉がピンとこなかった時代だったと思います。実は、このリワークという考え方自体、日本特有の現象であり、諸外国ではあまり問題になりません。なぜなら、海外では病気になった人が企業に復職していくという発想がないからです。病気になった時点で会社を辞め、治したら次の企業、それも自分にとって条件の良い企業を探して契約していきます。

日本では、創始者という表現が適切かどうかわかりませんが、NTT東日本関東病院の秋山剛先生が、「職場復帰支援」という言葉を使ったのが最初です。

秋山先生が提唱された職場復帰支援という考え方が、浸透してきたといえますか。

樋口 はい。この10年の間にようやくリワークという言葉が新聞紙上にも登場するようになり、一般にもある程度馴染んできたと思います。

その間、リワーク推進協議会ができ、2008年にメディカルケア虎ノ門の五十嵐良雄先生たちが設立した「うつ病リワーク研究会」ともタイアップし、リワーク支援について、車の両輪のような形で進めていくことにしました。

活動の中で、うつ病の治療や職場復帰支援といったテーマで6回のシンポジウムを開催してきましたが、当初はこうしたシンポジウムを開いても、どれだけの人が集まってくるのか懸念がありました。当時、産業精神保健に関与している精神科医の中ではリワークは関心を持たれていたものの、一般の医師にとってはあまり関心事ではなかった時代です。ところが近年、うつ病で休職する人の数が非常に増え、精神科医をはじめ、産業医や職場の健康管理に携わる職員が、さまざまな問題を抱え込むようになってきました。

これまでは、とにかく休職して治療をすることだけで、復職への対応は何もなく、職場に戻るとあっという間にまた再休職する、短期間でまた折れてしまう。これではいたちごっこだという認識がようやく企業の側にも出てきました。そうなると嫌が応にも、うつ病からどのように復職をさせればいいのかが課題になってきます。

リワーク・プログラムを生み出した原動力とは、復職の段階できちんとした手当てをしなければ再発させるという事実だったと思います。また、うつ病リワーク推進協議会の皆さんの努力もあり、この10年でずいぶん広がりが生まれ、リワーク・プログラムそのものもブラッシュアップされてきたと感じています。