トップページインタビューうつ病が自分を見つめ直すチャンスに。 失ったものもあった代わりに、 大いなる“何か”をもたらしてくれた 第2回(2回連載)
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うつ病が自分を見つめ直すチャンスに。 失ったものもあった代わりに、 大いなる“何か”をもたらしてくれた 第2回(2回連載)

2014.05.13   IT関連企業勤務 産業カウンセラー 佐藤真佐志 氏

佐藤真佐志 氏
IT関連企業勤務 産業カウンセラー
佐藤真佐志 氏
ネットワーク専業企業で一貫してマーケティング業務に携わり、会社の急成長期を支えた。
現在は、後進の育成にあたりながら、うつ病の実体験を持つ産業カウンセラーとして、うつ病による休職、復職の過程を支援。
また、受け入れ側の企業の復職プログラム支援にも当たっている

自他共に認めるIT企業戦士だった佐藤真佐志さん。うつ病を経験したことが、働き方も生き方も見直すきっかけになった。3カ月の休職と3週間の慣らし勤務、復職後1年の下積みの中で佐藤さんが得たものとは何だったのか。
2回連載の2回目は、復職する中で得たもの、今もうつ病に苦しむ人たちに向けたアドバイスなどについて、佐藤氏にお話を伺った。
(構成:21世紀医療フォーラム取材班 但本結子 文責:21世紀医療フォーラム事務局長 阪田英也

海に行く、映画を観る…。
自分で立てた予定を
毎日少しずつやってみる

休職直後は投薬の影響で寝てばかり。佐藤さんは、朝起きても眠くて、またベッドに戻る日々に、このままでは通勤電車にも乗れず、行動力がさらに低下する焦りを感じたという。

ところが、ある時、佐藤さんは思い立つ。

「今までやりたいと思っていながら、忙しくてできなかったことを全てやってやろう」。

ある日の午前中は海に行く、その午後からはこの映画を観る…。思いつく限りの予定を大学ノートに書き込んでいった。

「今日はやると決めていても、眠かったり気持ちが続かなかったり。最初は全くできません。それでも毎日少しずつやろうとすることによって、午前の予定はできた、午後からは寝てしまった。そうした日々を繰り返しながら、少しずつ計画を実行できるようになっていきました」。

8割程度の予定がこなせるようになった時点で、佐藤さんは医師から復職可の診断書をもらった。それが休職から3カ月後のことだった。

最初からフルタイムで働くつもりでいたが、医師から出勤の訓練をするよう指導を受けた。午前中は会社まで行ってそのまま帰る。その次は午前中だけ会社にいる。それができたら3時頃までいるといったように徐々に慣らしていった。佐藤さんはこの慣らし勤務を3週間で終え、わずか3カ月で復職を果たした。

「後で聞くと、とてもラッキーなケースだったと言われます。私は几帳面でうつになりやすい性格ですが、休職中にへこたれたりネガティブになることはなかったですね。自分を支えたのは家族を養わなければならない責任感と、絶対に戻る、必ず復活してやるという強い思いでした」。

うつ病は脳の機能障害。
病気と闘うためには、きちんと知ることが大切

うつ病治療の難しさの1つに抗うつ剤の副作用から薬を信用できなくなり、薬や医師を変えてしまう人が多数いることが挙げられる。佐藤さんに、必ず復活するという強い気持ちがあったことは間違いないが、そのあたりをどのように考えていたのだろうか。

「受診前に本を読んで、うつ病の知識を得ていました。おかげでうつ病はセロトニンが欠乏することによって起きる病気という構図が、自分の中で明確にイメージできていたのです。うつ病は脳の機能障害だとわかっていれば、気の弱い人が罹る病気と思わずに済みます」。

加えて薬が効くメカニズムや薬の種類や副作用の知識も得ていたため、医師の処方や治療法を疑うことはなかった。薬をのんで体がだるかったり眠くなったりすると、「あ、きたきた!という感じで、これを乗り越えなければだめだと思っていました。副作用から薬が合わないと思いがちですが、そこで薬や病院を変えれば、また最初からやり直すことになり、いたずらに治療を長引かせてしまいます。そうした意味でも病気について学ぶことが大切です」。自らの経験から、病気を理解する重要性をアドバイスする。

1年間の下働きで完全復職。
心が折れないよう胸に刻んだ「5カ条の心構え」

こうして佐藤さんは同じ職場で同じ肩書きで復職を果たしたものの、実際には“部下なし”の担当部長という名の管理職だった。決まった仕事があるわけではなく上位管理職を支える雑用係。覚悟の上だったが、信頼を得るまでは下積みに甘んじ、いわゆる“雑巾がけ”を1年やり抜いた。周囲や上司の信用も得たと思えた頃、普通の仕事をやらせてほしいと願い出て、もとの管理職の位置に戻ることができた。

「幸いだったのは、上司が私に対して変に同情したり、また再発するかもしれないから、うまく使わなきゃいけないといった気遣いをしなかったことです。それが私にとっては良かった。同情されて簡単な仕事ばかりするのは嫌でしたし、以前の職位に必ず復帰すると決めていましたから」。

ただ復帰するにあたって、自分でも少し弱気になるところもあった佐藤さんは、自らの約束事を『5カ条の心構え』としてノートに書きそれを毎日眺めながら心が折れないようにした。

最初からうつ病だったと公言したおかげで、佐藤さんは腫れものに触るような扱いはされずに済んだ。むしろ変化したのは仕事に向かう自分自身の姿勢だ。それまで会社一筋の人生で、出世競争のために上司に媚びたり、誰かが望む自分を演じたりしていた。高度成長時代が終わり、収入は増えずポストもなく仕事を奪い合うという最悪の環境下で、社内はまるで媚び合戦の様相だったという。

佐藤さんも例外ではなく、そうしたことに飲み込まれていった。

「うつ病を経験したことで、誰にも媚びなくなったと感じています。自分の気持ちに素直に、正直に。嫌なことはしないし評価なんか気にしない。その代わり捨てざるを得ないものもありました」。

現在の佐藤さんは、家族や社会生活の中で生きがいを見出すようになったことで視野が広がり、会社以外の活動や人脈が広がったという。

「5カ条の心構え」

1. 堂々と笑顔で出社する

2. 失ったものはもともと大したものではない。ゼロから清々しくやり直す

3. うつ病を体験し、勉強もしたので、「何かあれば相談して」と、周囲にジョークを交えて話し、うつ病をタブー視させない

4. 会社のために働くが、魂は売らない、不必要に媚びない

5. 自分の会社での使命は、次代のビジネスモデルの創出と若手育成と、肝に銘じる