トップページインタビューうつ病が自分を見つめ直すチャンスに。 失ったものもあった代わりに、 大いなる“何か”をもたらしてくれた 第1回(2回連載)
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うつ病が自分を見つめ直すチャンスに。 失ったものもあった代わりに、 大いなる“何か”をもたらしてくれた 第1回(2回連載)

2014.04.22   IT関連企業勤務 産業カウンセラー 佐藤真佐志 氏

佐藤真佐志 氏
IT関連企業勤務 産業カウンセラー
佐藤真佐志 氏
ネットワーク専業企業で一貫してマーケティング業務に携わり、会社の急成長期を支えた。
現在は、後進の育成にあたりながら、うつ病の実体験を持つ産業カウンセラーとして、うつ病による休職、復職の過程を支援。
また、受け入れ側の企業の復職プログラム支援にも当たっている

自他共に認めるIT企業戦士だった佐藤真佐志さん。うつ病を経験したことが、働き方も生き方も見直すきっかけになった。3カ月の休職と3週間の慣らし勤務、復職後1年の下積みの中で佐藤さんが得たものとは何だったのか。
2回連載の1回目は、うつ病を発症しTE病院で受診、休職に至るまでの経緯について、佐藤氏にお話を伺った。
(構成:21世紀医療フォーラム取材班 但本結子 文責:21世紀医療フォーラム事務局長 阪田英也

順風満帆な人生からどん底へ。
自分が話すことがわからない“空白の30秒”

IT企業の部長だった佐藤さんは、講師として参加したIT関連のシンポジウムで、突然自分が話していることがわからなくなり、頭が真っ白に。講演ではいつもの原稿、いつもの資料を使った話し慣れた内容で特別なことは何もない。無言の30秒間。立ち尽くす佐藤さんを見て関係者や聴衆がざわつきだし講演は切り上げられた。

2006年初夏のことだ。

大手自動車メーカー、有名機械メーカー、日本を代表するシステムインテグレーター。佐藤さんの職歴を聞くと、順風満帆の人生という言葉が思い浮かぶ。事実、うつ病に罹る前は、一部上場のIT企業で部長職に就いていた。新商材を営業に提供するマーケティング職として10年以上の経験を持ち、ベテランとして仕事も任される立場。中興の祖といわれる社長に引き立てられ、何もかもが順調な毎日だった。

ところが社長が急逝した頃からその歯車が狂い出す。

佐藤さんは、当時の様子をこう思い起こす。

「上司との反りが合わず、自分の提案がことごとく反対される状況です。そんなことばかりが続くと、こちらも提案する気持ちが萎えてきます」。

一方で営業の現場では新しい商材があがってこないと不満が広がり、新商材を見つける機能を営業部門の中で別に立ちあげる動きが出てきた。これは、「佐藤の部署では任せられない」ことを意味する。感情的なこじれも何とか挽回しようと、残業や休日出勤をしての努力も空回り。そのうちに朝起きると吐き気がし、歯を磨くと吐き気はさらにひどくなる。だが当時の佐藤さんは、格別気にもとめなかったという。

「後から考えると、それが最初のアラームだったと思います。その頃は自分の努力が報われないことが辛かった。それに今の地位やこれまでの実績が失われるのではないか。その空しさや恐れが、健康な心身を失う引き金になったのではないかと感じています」。

その後も吐き気は続いて朝から体調が悪く、会社に行きたくない。夜は途中覚醒があり、その後は眠れなくなる。しかも仕事上では、記憶力や判断力が低下している自覚もあった。そして起こったのが、シンポジウムでの“空白の30秒”である。

佐藤さんは、病院へ行こうと決めた。

「まさか、自分が!」。
切羽詰まった状態で受診、抑うつ症状と診断された

当時の佐藤さんは記憶力や判断力の衰えから、以前に本で読んで知っていた脳の高次機能障害を疑っていたという。だがMRIなどの検査を受けても脳には問題がなかった。機能的におかしくないと診断されたことで安心したものの、体調の不調や噛み合わない社内の状態も続いており、思い切って会社が契約する外部EAPのカウンセラーに相談することにした。

カウンセラーはうつ病チェックシートによる判定で、中程度のうつ病の疑いがあると専門医の受診を勧めた。「まさか、自分が!」信じられない思いだったが、それからの佐藤さんの行動は早かった。うつ病関連の本を読みあさり、病気の知識を得てみると、本に書かれている内容は自分を取り巻く状況や症状にすんなり説明がつけられる内容ばかり。うつ病への理解は深まる一方で、焦りや胸苦しい症状が一層強まり、会社にいられない切羽詰まった状態になってようやく専門病院を受診する。

結果はやはり抑うつ症状と診断された。

「これほどうつ病が蔓延しているのかと思い知らされるほど、精神科の予約が取りにくいことに驚きました。治療は休養と薬物療法に加え、休職するよう医師に勧められました。でも長男の高校進学と長女の中学進学を控えていましたから、会社を休むことには抵抗がありました」。

神様がくれた3カ月。
休職を前向きにさせてくれた妻と人事部長の一言

「会社なんか行かなくていい。辞めてもいい」。それでも、佐藤さんが休職に踏み切れたのは、妻のこの一言があったからだ。

「何も言わなくても私の不調に気づいていて、うっかり机の上に置きっぱなしだった本『うつと自殺』を読んで全てを理解したようです。もともと勘のいい人でしたが、このままいったら危ない。万が一の事態になる前に、休職しても辞めてもいいと思ってくれたのでしょう」。

妻の言葉に背中を押された佐藤さんは、うつ病治療で翌日から休職することを会社に伝えた。周囲からは絶句されたり驚かれたりもしたが、会社は治癒後の復帰を保証してくれ、人事部長には「神様が休めと言っているんだよ」と声をかけてもらった。

それはまさに神様がくれた3カ月の休暇の始まりだった。佐藤さんは子どもたちが心配しないよう、いつもより長い夏休みを取って勉強することになったと伝えた。

第1回終わり(第2回に続く)